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03 フクロウマツリ 二人はあまり喋らなかった。 「ごめんね邑瀬。 少し気分が悪くて」 「いいよ、気にしないで」 そんな会話をしながら二人は港につくと馬小屋に羊たちを泊めた。 すると近くの商店街から一人の人物が出てくる。 始めはぼやけていた輪郭がはっきりしていく。 大柄な体、荒っぽい削りの肌。 黒に茶色の混じった短い髪、輝く瞳の蒼。 そしてその肩に留まる一羽のうぐいす色のふくろう。 彼は二人を見ると両手を大きく振った。 「春海ちゃん!元気―?!」 「元気だでー!相変わらず元気だどね邑瀬。 そんで?こちらがお客でバイトで魔力中毒になった梨璃さんだど?」 「うん。 梨璃この人が春海さんだよ」 ……… 梨璃は目を丸くした。 「え?」 「春海さん。 ふくろうのところで花屋兼薬屋をしている関場 春海さん。 奥さんもいるんだよ、息子さんと娘さんも。 「ご、めんなさい。 女性の方かと思っていたので…」 梨璃はすまなそうに小さな声で言う。 一同に生まれる笑い、しかし邑瀬はうつむいた。 「邑瀬?どうしたーほら、笑え?」 豪快に邑瀬の頭をもつとコキっと上に向かせた。 「いったあ!もう!春海ちゃん痛とかよ!」 「すまんすまん、なんだか辛気臭い顔しとったからな」 一同に笑いが再び生まれた。 春海は豪快かつおおらかな性格だった。 店は昔旅をしていたころ学んだ医学と妻の趣味を生かして経営していて近所でも評判だった。 邑瀬はアバナを渡すと店のエプロンをもらい、梨璃に渡した。 「え?」 「だから!お手伝いだよ。 っていっても今日は梨璃も居るからずいぶん仕事楽になるよ。 えーっと梨璃が水変えと水やり、それとお祭りの準備ね。 私は接客ある程度やったらそっちいくから」 エプロンをさっと渡すと邑瀬はすぐに店の中に入っていってしまう。 梨璃は仕方なくため息を吐くと邑瀬に渡された桃色のエプロンをした。 髪をいつも腕にはめているゴムと常備しているリボンで軽く結びポニーテールにすると あたりを見渡しいかにも洗ってくれとばかりにおいてあるいくつかの鉢と ひときわ大きな謎の赤い花のはいったつぼを持って裏の水道にむかっていった。 「よっと」 ふらつきながらあるいていくと水道が見えてくる。 よたよたしながら歩きつつゆっくりと花瓶などを落とさぬよう十分気をつける。 コロロ やっと到着。 洗おうともってきた小さな陶器製の鉢は互いに少しぶつかり、小さな音を立てた。 水を流しせっせと洗い出す。 流れる水はかなり激しく、澄んでいた。 ふとよみがえる昨日の記憶。 いったいあれは何だったのだろうか。 しばらくホシを見ていたら急に何かの感情がうずいた。 そう、ホシが語りかけてきたのだ。 頭の中に直接響いてきたそれは、かなり気味が悪くて。そして激しい嫌悪感が湧いた。 いろいろなんか頭の中に考えが浮かんできて…浮かんできては消えて。 そんなことを繰り返していたらかなり気持ち悪くなって。 ふっと体が軽くなっていったのだ。 やられてしまった。 なんだか負けたような感じに襲われて急に浮遊感が足からわいてきて… とても瞼が重たくなったから目を閉じたのだ。 そしたら。 「邑瀬の声がした」 声に出してつぶやく。 いろいろ考えつつもけして鉢を洗う手はゆるめない。 そう。邑瀬が助けてくれたのだ。 それは邑瀬が魔女だから。 小さな力しか使えなくても邑瀬が魔女だからできたこと。 あそこで邑瀬が助けてくれなかったら自分はどうなっていただろう。 確かに元をたどれば邑瀬がいきなり湖の中につれていったのだから 邑瀬がいなければこんな目には合わなかったのかもしれない。 しかし過ぎたことはむしろどうでも良いのかもしれない。 重要なのは・・・・・・・・・・・・・感情。 「あとちょっとか」 持てる限りの花瓶や鉢を持ってきたのだが考え事をしながらなせいか時間の感覚が薄い。 もっとたくさんあると思ったのにもう少ししかない。 少し困ったことだった。 もうちょっと洗っていたいのに。 「帰りたくなってきちゃったよ」 誰もいない水道で梨璃がそうつぶやいたのは三回往復してほとんどの水やりや水かえをすませ いよいよ最後の超特大級花瓶をあらいだすころだった。 「そうとう…腰にも来てるし…。 あー、でもこれおわったらおやつだし…・」 なんとか自分を励ましつつまたスポンジとたわしをもってガシャガシャと洗い出す。 そしてまた考え出す。 魔女は嫌いだ。 母さんが魔女だから。 母さんは好きだけど、魔女は嫌い。 母さんが魔女だって知ったのはいつだっただろうか。 確か父さんが世界を巡るようになったのは私が母さんが魔女だってわかった日だったんだ… 「考え事か?梨璃さん」 「うひゃっ」 急に出てきた大きな顔に梨璃は思わず妙な叫び声をあげた。 「は…・春海さん!もう、脅かさないでくださいよ。 で?何かようなんですか?」 「んにゃ」 微妙に口篭もるようにいってから春海はゆっくりと地に座った。 元から身長差があるせいか膝立ちした梨璃とちょうど目線があう。 「考え事をしてるのかと思ってな。 さっきから花瓶おいたりするために店頭に出てきてでも 梨璃さんはずーっと下向いてて。 邑瀬とも話さなんだ。 なんだ?ほら。邑瀬はなんていうかあういう子だがら。 ほとんどの人とすんご、仲良くなる。 もちろん梨璃さんども仲がよさそうだで、だどに話さんと。 何か考え事でもしてるかに?と思ておやつ招集ついでに聞いたわけさ」 「ああ。 そうなんですか」 かなり癖のある喋りかたをする春海の言葉を一語一語丁寧に聞くと梨璃は納得したようにうなずいた。 そして少しずつ、かなりかいつまんで話したのだ。 昨日のこと、龍と話したこと。今魔女について考えを整理しているということ。 今回の自分はどうにかしているのかもしれない。こんなにも人に自分のことを話したくなるなんて。 おかしい。自分でない様な感覚に襲われつつも梨璃はかたった。 「ふむ」 すべて聞きおわった後春海が行ったのはその言葉だった。 しげしげと梨璃を見つめ話しの内容をおもいだすかのように時々視線をずらしては首を傾ける。 しばらくの間の後春海は言った。 「梨璃さん。 きっと重要なのはあんたが何を見てるかだ」 にっこり笑ってそういう。 理解に苦しむ梨璃を見て笑うと「おやつだ」といって店の方へ梨璃を引っ張っていった。 その夜。 夕飯を食べおわった後梨璃はいきなり春海の妻、朝子に浴衣を着せられた。 良く分からぬままとりあえず言われた通りに店の入り口の方に出て行くと そこには同じく浴衣を着た邑瀬が立っていた。 「ああ、そっか。 なんだっけ…お祭りがあるんでしたね」 ちいさく梨璃は言った。 その言葉を聞いて春海の妻、朝子はうなずくと梨璃の背中をぽんっとおした。 「私たちは明日行こうと思ってるのよ。 あなたたちは明日帰っちゃうんだから、今日楽しんでらっしゃいな。 梨璃さん、それはあたしがあなたと同じ年くらいの時に親が作ってくれたの。 わたしは赤が良かったんだけど、持ってたのが赤い帯だったから。 両親はいったのよ、「赤には紺があう」ってね。 あなたの燃えるような奇麗な赤毛にはきっとこの着物が似合うと思ったのよ。 うん、やっぱりにあってるわ!」 楽しそうに朝子は言った。 癖のある茶色い髪を揺らせながら梨璃の周りを歩き、満足そうにうなずいた。 そして梨璃の肩をたたいてそっと耳元で言った。 「たのしんでらっしゃいね。 喧嘩はしてないようだけど、邑瀬が元気ないし…ぎこちないわよ、見てて。 あと…邑瀬はわたあめが大好きよ」 ぐらっと。 ふいに梨璃は懐かしい感覚に襲われた。 暖かい何か。きっと自分を見てくれている温かさ。 ずっと忘れていた… 「ちなみに邑瀬のはあたしが10のころの浴衣よ」 後ろから聞える邑瀬の大きな抗議の声に梨璃は少し笑った。 「はい」 少しぎこちなく。 かえって知り合った直後の方が親しいくらいな声で、梨璃は言った。 邑瀬はというと言われた通りに人込みから離れた川沿いの丘に座っている。 もっていたふわふわのそれを、なかば押し付けるように梨璃は渡した。 「え?」 「あげる。好きなんでしょう?」 表情を変えずに。緊張したように言った。 そして邑瀬がそうしているように梨璃も草の上に腰を下ろした。 『ホシマツリ』はちょうど最高潮を迎えていて、縁日の側には屋台が並び人々の笑いが響いていた。 音楽に合わせて踊っているおばちゃんや美女。それに見とれる男達。 わたあめ屋にならんでいてもあたりを見渡していて飽きることはなかった。 人込みを抜け、邑瀬の行った道を通り急に開けた丘にでる。 そこにあったのは一本の木とひとりの少女で。紛れもなく邑瀬だった。 邑瀬は胸元から足元に向けて白からえんじのグラデーションの入っている蝶柄の浴衣に赤の帯をしていて、 いつもは束ねているその髪を下ろしていた。 吸い込まれるかのように空を見詰め、星を瞳に映していた。 辺りに人影はなく、とても静かで。 自分の足音、呼吸、声が邑瀬に直接響いてしまうことに緊張していた。 「おいし」 にこりと笑うこともせず、わたあめを食べて一言。邑瀬は言った。 梨璃に言われた通り、先にある丘のところでずっと待っていた。 梨璃がくるのにそれほど時間はかからず足音ですぐ近づいて来ることがわかった。 しかし振り向かない。 振り向いてやるものかと思った。ひどく緊張していた。 梨璃のきている紺色の浴衣は足元に白いゆりが描かれていた。 髪をアップにしていて細い体を曲げることなく、かさかさと慎重な音を立てて草の上を歩いて近づいてきた。 差し出されたそれはまるで口実であるかのように感情がなく、とても悔しい感じがした。 だからおかえしに無感情でいってやったのである。 「あのさ…」 「待って」 話しだそうとした梨璃に邑瀬は言った。 わたあめを食べつくし静かに顔を上げて梨璃を見た。 「話したいことがあるの。 先に…いわせて」 その声は今まで聞いたことのがないくらい緊張していたし、低く怒っているかのようだった。 「え…ええ」 一瞬呆けたような顔をして梨璃は言った。 「私は…・私は…・その…なんていうか。 すごいこういうのは嫌だから」 「え?」 「ああもう!梨璃はずるい!」 急に邑瀬は声を張り上げた。 「梨璃は!梨璃はずるい! 梨璃は魔女が嫌いっていって!私が…邑瀬が魔女だとわかったら 嫌いになるの?! どうしていつもみたいに話してくれないのかなぁ!? どうして魔女じゃなくて邑瀬と話してるって、そう思ってくれないのさ!?」 邑瀬は言った。 まるで張り詰めたなにかが途切れたように言葉は続く。 「梨璃は龍さんにも春海ちゃんにも邑瀬のこと話したでしょう!? なんで邑瀬が聞えるところではなすのさ! なんでそれを邑瀬に言ってくれないの!? 邑瀬にいってたら解決にならない!? それでも…それでも梨璃と一緒に頑張りたかったよ!」 邑瀬は肩を荒げながら話すとくるりと背を向け下を向いてしまった。 「邑瀬… 私の話も…聞いてもらえるかなあ」 ゆっくりと梨璃は背を向けた邑瀬の背に近づいた。 邑瀬は下を向いたまま激しく首を横に振ったがそれをみて苦笑いをすると梨璃は話し出した。 「私の母さんは魔女だったのね。 だから魔女は嫌い。 でもね、母さんは好きなの。 邑瀬は羊をつれていたでしょ?それはなんていうか昔話に出てくる羊飼いみたいで。 私、すごい楽しかったんだよ。 あのね、怒らないでね。 嫌いにならないでね。 あのね、あのね。 邑瀬は…お母さんと同じ匂いがする。 魔法の匂い。 はかなくて、消えてしまいそうで。 きっと頼れない匂い」 邑瀬は背を向けたまま黙っていた。 ただその言葉が紡ぎだされるごとに邑瀬はどんどん背を丸めていき、 まるで痛みをこらえるかのようにしゃがみこんでしまう。 「ねえ邑瀬、聴いて!」 ふいに梨璃は声をはりあげ満天の星空に手を広げる。 丘の幅ぎりぎりのところまでゆっくり歩いていき遠くから聞える祭りの弦楽器による演奏に体を揺らせた。 「私いろんな人に相談しちゃった! 龍さんにも、春海さんにも。 おかしいね、たった二、三日いただけの人に話しちゃうなんて。 あ〜…だめだ。 あのね、ちゃんと…言おうと思ってたところがあるの」 邑瀬は顔を上げた。 そのひどく頼りない顔はもう泣きそうなまでに歪んでおり、髪は揺れた。 「私…きっと知ってたんだ。 きっと。 母さんはどんなものなのか。 でもね、私は知らなかったもの、母さんと別れるその日まで。 父さんは魔女が嫌いだった。 母さんは魔女だった。 だからだよ。 だから私は魔女が嫌いなんだよ。 母さんは寝る前に話しを聞かせてくれた。 父さんは私にいろいろな事を教えてくれた。 母さんは父さんを心から好きだったと思うけど。 父さんは母さんが「魔女」っていうのは知らなかった。 だましてた。 嘘をついてた」 「それは! それは梨璃のお父さんと一緒にいたかったから!」 「そうだよ、邑瀬。 でも話すことができなかった それは、いけないことにはならない? 父さんがつらくなかったなんていえる?」 「梨璃ぃ」 邑瀬は泣いた。 瞳に大粒の涙を溜めては流し、やがてそれは頬をつたり地に落ちた。 「母さんはきっとさびしかった。 父さんは気づかなかった。 気づいても逃げた。 寂しい母さんを残して。 きっと…何かが違ってしまってたんだよ。 いきなり連れて行かれた時はわからなかった。 ただね、考えたんだよ。 父さんはいろんなものを一生懸命嫌ったよ。 ただどうしても嫌いになれなくて 手紙も書いた。 逃げることを考えはじめたんだよ」 梨璃は空を見た。 邑瀬も空を見た。 「母さんはどうだろうね、普通に生きたんじゃないのかな、見えないからわからないや。 そう、まるで誰もいないかのように。 母さんは嫌いだよ。 母さんは魔女だもの。 手紙が返ってきたことはないよ」 ポロポロと。 しずくが落ちた。 「梨璃ぃ」 ポロポロと。 雫が流れた。 「梨璃ぃ」 邑瀬は立ちあがり、2歩3歩と歩いた。 「何がいけないの? どうして?」 「…。 父さんにどんな思い出があるか知らない。 でも父さんは魔女が好きじゃなかった」 「ねえ。 ねえ梨璃は? 梨璃はどうなの? 魔女だから…魔女だから…駄目? じゃあ…魔女はどうすればいいの? 魔女は駄目? どうすればいいの?」 だんだん声は大きくなっていく。 涙は止めど無くあふれた。 たっ 邑瀬は背から離れた。 そして梨璃の正面。 丘のぎりぎりの端まで来ると梨璃に叫んだ。 「姿を見せるなっていうの!? 梨璃が邑瀬のこと嫌いなら…ああもう!でも! 魔女だから何? 邑瀬はどうすればいい? 力を捨てればいいの? そうすれば梨璃は好きになってくれる? そうすれば梨璃は笑ってくれる?」 息を呑んだ。 視界が揺らいだ。 「馬鹿にしないで!」 言い放たれる。 「邑瀬は魔女であることに誇りを持ってる! でもそれは力があるとかじゃなくて、それがあってこその邑瀬だから!! 邑瀬は梨璃が好きだけど…梨璃のために生きてるわけじゃない! 梨璃に好かれたいけど…梨璃だけに好かれたいわけじゃない! どうして! どうしてどうして? なんでこんな話になっちゃったんだろう… もう、わかんないよ…」 いまどきこんなことで。 そういう人が多いかもしれない。 魔女だから、などという事で特別嫌ったりする人間はほとんどいない。 ただ、その力故に除外されたり、非難されたり。 そういうことがないともいえない。 ただ梨璃にはどうしようもなかった。 心が受け付けない。 ある意味、そういう環境で過ごしたから。 何がいけなかったのか。 それはきっと母が魔女だからという事ではなく、父が魔女嫌いだということでもなく。 きっとそれは心が耐え切れなかったから。 邑瀬は涙を流し続けた。 梨璃はゆっくりと邑瀬に近づき手をとった。 まるで母のように、友のように。 「邑瀬。邑瀬。 聴いてくれる? 母さんと父さん。どうなるかわからない。 このままかも知れないし悪くなるかも、よくなるかもしれない。 私は無責任なことはいいたくないし、楽観的な考えするの苦手だから。 この話はおしまい。 きっと邑瀬ははげますでしょう?それは邑瀬にとっても私にとってもつらいから。 だから、逃げずにいられるように。 せめて自分の足で向き合えるくらいには…。 あと…魔女はやっぱりまだ苦手。 きっとこれはいくら邑瀬が説得しても、何を言っても今は駄目。 きっと馴れが必要かもしれない。 あのホシは言ってたよ?ほら、アカッディアの。 "魔の力はホシの力。 二つの流れの…間に揺れるもの。 力は恐れるものであり 迎えるべきもの" ホシはどこからきてなにをみたのかわからない。 でもね、私はホシがこわいんだ。 きっと…魔女と同じように。嫌いじゃないの。きっとおびえてるだけ。 でも、言ったでしょう?」 梨璃は腕に力を入れて邑瀬を固くつつんだ。 「邑瀬は… 邑瀬は好きだから…大丈夫」 |