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02 ホシノハナ 小一時間ほど南西に走ると二人は一つの街にたどり着いた。 アカッディア。 西の大陸の中でも南西に位置するこの島は常に暖かい空気が立ち込める春の土地だった。 東の方に咲く淡い桃色の花や足元に咲く黄色い花は珍しいことこの上なかったし、目をみはるほど美しかった。 その景色は美しいという表現では飽き足らないかもしれない。むしろ壮大と言った方が良いだろう。 たかが花というなかれ淡い桃色の中にはほのかに濁ったうす紫も混じっており、 満開に咲き乱れ頭上にいられると思わず感嘆の声を漏らさずにはいられないものだった。 「きれいな樹木。野原、花畑。 確かに素敵な街ね、私は来たのは初めてだけど噂に違わぬ美しい地だわ」 しかし…いただけないという表情で梨璃は樹木の向こう人々のあふれる通りの向こうを見つめた。 ある種の近代アートともいうべきだろうかそこには巨大な半透明の石が土にささっているのだった。 「ついてきて」 邑瀬はジータから降りると綱を引いて歩き出す。 あわてて梨璃はアーナから降りると不器用に綱をとり邑瀬の後を歩き出した。 人々の邪魔にならぬよう注意しながらゆっくりと歩いていく。 羊に、二人に、好奇心が降り注がれる中、梨璃はうつむきながら通りの向こう巨大な石へと向かった。 「うわあ」 思わず、声が漏れる。 石は決して荒々しく地面に突き刺さっているわけではなかった。 近寄って、見てみると水の中に半分沈んでいるのである。 清く澄んだ水の色は日の光によって七色に輝き半透明の石を淡く蒼く輝かせた。 アカッディアはそれほど大きな街ではない。 どちらかというと小さい部類に入る方であったが、近くに山があるおかげで観光客や登山者でにぎわっていた。 そしてこの街にはそうした山々のほかにも、もう一つ名物がある。 いまから20年前。この地に一つのホシが降ってきた。 空で赤赤しく燃え、輝かしいばかりの閃光を散らしながら湖に向かって。 湖にはそのホシにより魔力のようなものが溶け込み、いかなる生物もそこで生活する事はできなくなった。 人間とて例外ではなく、水に長いこと入ると徐々に痛みがででくるのである。 恐れこそはしたが、近づかなければいいのである。 現在湖の周りは厳重に柵で囲まれており警備員も何人かいた。 そしてその落ちてきたホシこそが星学史上最大の神秘とされる『アカッディアのホシ』であった。 「羊はここに止めて」 近くの建物の庭を指差し邑瀬は言った。 「ここって人のうちの庭じゃ…?」 「大丈夫、知り合いだし。 あ!来た来た!ほらあそこにおばさんがいるでしょ?こっちに向かってくる人。 あの人がこのアカッディアの湖管理長兼喫茶店長の龍さんね」 邑瀬が指差したのは二人に向かって歩いてくる女だった。 見たところ年の頃なら40代半ば。その垂れぎみの目からは落ち着いたものがあったが、活発がみえた。 長い黒髪に所々茶色が混じっており、黒い瞳が凛々しい。 そのときは小豆色のスカートに白いブラウス、腰エプロンといった、営業スタイルだった。 「邑瀬、ちょうどぴったしだね。 あれ?そちらは?御友達?」 以外と愛敬のある声で二人に歩み寄って龍は問う。 邑瀬は梨璃の背中を押し一歩前へ出させるとにっこり笑った。 「梨璃っていうの!ちょっとの間うちの仕事を手伝ってくれるって! 大人っぽいでしょ?接客用に」 微笑を浮かべて邑瀬はいった。龍は笑い二人を湖の近くにつれていった。 「さて、可愛らしいその梨璃さんとやらも一緒に行くの?」 「ええ、もちろん。 二人くらいなら私の力でも大丈夫だから」 胸を反らし邑瀬は笑う。 「…」 一方梨璃は先ほどから状況があまり飲み込めずただ立っているだけである。 「ではでは アッカディア湖管理長に申請します。 目的は大いなる産物の為。 対象はD2・希少花アバナ」 邑瀬はすらすらと言うと龍を見上げた。 「うん。まあ良いでしょう。 アッカディア湖管理長として許可する。 別にいつも無事だから良いけど気をつけてね?」 人差し指を立てて笑う龍に邑瀬は笑った。 「ねえ、なんなの?私全然状況のみこめてないんだけど。」 「あー、梨璃。 これからね、湖の中に入って花をとりにいくの」 「泳ぐの?」 「まあ、うん。 そんなとこ」 ゆっくりと歩きながら邑瀬は続けた。 「このアッカディアの湖には幻の希少花・アバナって言うのがあってすごい人気なの。 そこのをちょっと頂いてるの。 大切なのはコネだねコネ」 邑瀬は笑って言った。 はっきりいって何一つ冷静に認識できてなかったのだが梨璃は悩まなかった。 こういうのを冒険というのだろうか。 魔力をおびた湖でおよぐなどと。 見たことのないモノ。やったことのないモノ。 それらを目の前にして高まる緊張感は決して今まで学校に行ったりして味わえるものではなかった。 梨璃はとどのつまり、すべてを楽しんでいたのである。 そう、まさに夢見る少女であった。 「いくよー」 ちいさく邑瀬は言う。 服を着たまま梨璃の手をとり。 梨璃は驚いて顔を上げた。 「ちょっ!邑瀬!?」 「黙って」 邑瀬は小さく制すと目を閉じた。 つないだ手から伝わる熱。 それが魔法だと理解するのにしばらく時間がかかった。 はっとして邑瀬を見ると邑瀬はすまなそうに笑って梨璃の手を引き、湖に飛びこんだ。 思ったよりも湖の水は冷たくないように感じた。 まさに澄んだ蒼。 その色に似た邑瀬の髪は水の流れに乗って楽しげにゆれた。 そんな爽やかな景色とは違い梨璃の心は複雑だった。 私にはない力 魔女だった邑瀬 考えながら手を見るとそれは実は水に濡れていなかった。 体全体に薄い空気のまくがある。 「梨璃、だまっててごめんね? いや、悪気なんてなかったんだけど…」 「大丈夫」 邑瀬の言葉をさえぎって梨璃は言った。 「大丈夫」 予想外の言葉が嬉しかったのだろうか。 邑瀬は笑うと手を強く握り海底のアバナをつみだした。 青く、白い花。 「ちょっと奥にいってくるね」 はしゃいだそのままで邑瀬は地をける。 梨璃の言葉を聞かずに軽々と泳ぎ大きな石の影に入ってしまう。 「あっ」 小さく梨璃が声を漏らしたその時には邑瀬の姿はなかった。 青い世界に目を奪われる。 こんなに奇麗なものがこの世にあるのだと思った。 どんな宝石でも表せない輝きと、どんなに美しい光よりも鮮やかな色彩。 すべてに魅了された。 「なんか…気分がよくないな… 邑瀬、はやく戻ってこないかな?」 心細くなってきたのだろう。 梨璃は海底で背伸びをし、あたりを見渡した。 静かな湖の底。 音のない場所。 ふとホシをみる。 それは湖の底にしっかりと食い込み下の方に行けば行くほど蒼く輝いていた。 気味が悪い 初めは美しいと思っていた。 透き通るような蒼、梨璃は魅了されていた。 しかし、あの気味の悪さは何だろう? どうしてこの街の人々は地上からこんなものを見て平気なのだろう。 どれだけ危険かわかっているのだろうか? いつどうなるかもわからないのに。 これが何なのか知っているのだろうか? いくら使い物にならないとはいえとても危険なものだったのに。 私はなんでこんなに怖がってるんだろう? あれはただのホシ。 何も恐いことなんてないんだよ? 始めて見たのだから。本物なんて。 本物。 危険なもの、あってはいけないもの。 私は知っている。だって教えてくれたもの。 だれが? どうして? わたしは? ああ、なんだかすごく冷たいよ? なんだかすごく心細いよ? ねえ邑瀬どうしてだろう。 あの石は…あのホシは危険だよ? もうかえろう?ほら、フクロウの海に行かなくちゃ。 春海さんだっけ?まっているんだよね。 危険だよ。 恐いんだよ? そう言ってるよ。 彼が。 彼が。 彼が。 「梨璃!」 「大丈夫よ。ちょっと魔力に当てられて中毒症状起こしただけみたいだから」 「そうですか…よかったぁ。 ありがとうございました」 邑瀬? 「あっ梨璃ーおきたんだね? よかったー。 もうどうなるかと思ったよ」 え? あたりを見渡す。 白い部屋、白いカーテン。 「え…?病院?」 瞬時に梨璃は悟る。 「うんそうだよー。 梨璃…ごめんね?魔力中毒にさせちゃったみたい。 ホシの近くにいくと声を聴くって言うので、時々あるんだって。 ごめんね、気がまわらなくて。 あのね、梨璃…」 「邑瀬」 手のひらを邑瀬の方に力なく向け、梨璃はいった。 のろのろとベットからおりるとほどけた髪の毛を結い直す。 「もう、その話やめてもいいかな…私…苦手なの。『魔』のつく話し。 それにちょっとつらくて…疲れたのかな? あ、ふくろうのところいかなきゃ!」 トンっ 完全に立ち上がろうとして梨璃はよろけ、こける。 邑瀬は慌てて支えると梨璃をまたベットに座らせた。 「大丈夫?…いいから休んでて! いいよ、この話はもう終わりにしようね。 あと、さっき龍さんの鳩かりて手紙送ったから春海さんに。 明日にしよう?行くの。 もう夕方だからどっちみち遅くなっちゃうし。 龍さんが泊めてくれるから」 邑瀬は笑った。 「眠れないの?」 声をかけられた。 「あ…龍さん。 ええ、なんだか昼間のことが忘れられなくって」 「しかたないよ、強く当てられたからね、ショックが強かったのよ。」 あのあと梨璃は邑瀬につれられ龍の家にやってきた。 事務所もかねている家には優しそうな旦那さんと子供が一人。 魚料理をメインとした夕食をいただき、風呂に入り、邑瀬と明日の予定を話しベットに入った。 しかし眠ることが出来ず、ベランダから外を眺めているところに龍がやってきたのだ。 龍はコーヒーをすすると手に持っていたもう一つのカップを梨璃に勧めた。 「龍さんは魔女ですか?」 「んや、違うよ。 どんな気分だろうねえ、魔法が使えるってのは。 使ってみたいよね」 「そうですか?」 梨璃はそれまでのうつろげな視線で龍を見た。 「私は…恐いなあ。 私とは違うんですよ?感じるものも、得るものも。 魔女は力を持っています。それを暴力に使うものなんて一部だって言うのはわかります。 でも…」 「恐いねえ…どうだろう。 何かされそうで恐い?」 「いえ」 短く言うと梨璃は視線をカップに落とした。 ガタっと屋根の方で音がした。 龍は上を見上げ「何?」とつぶやくとすぐに梨璃の方に顔を向けた。 「信じられないんです」 「え?」 「なんていうんだろう… 考え方から違う気がする。 もし暖炉の火がきれたら…魔法でつければいい。 もし学校に遅れそうになったら…空を飛べばいい もし恐ろしいものがやってきたら魔法をつかえばいい。 いくらそんなことないって思っても……」 梨璃は口をつぐむ。 静かに風がながれた。 「魔女は嫌い?」 「好きでは…ないかも」 夜の月を仰ぎ、龍はその長い横髪を耳にかけた。 黒い髪の毛が夜の闇にうっすらと浮かび上がる。 「邑瀬は?」 「わからない 魔女はあんまり好きになれないから…意識的に距離を置いてきたから。 邑瀬はどうなのかなぁ・・わかんないや」 一言一言ゆっくりと絞り出すように梨璃は言った。 こんな事を他人に話すのなんて始めてた。 自分の弱いところは見せてはいけない。 人に傷を見せることに馴れてしまってはいけない。 同情は惨めになるから。 「邑瀬には…言わないで。 わたしがこんなことを思ってるなんて、きっと気まずくなってしまう。 なやんでしまうから」 夜はふけていく。 梨璃は力なく微笑むと部屋に戻った。 また屋根の方で音がした。 猫がベランダに降りて、龍の腕に抱かれ一声鳴いた。 細く、高く、悲しげに。 「おはよう」 邑瀬は翌朝、少し不機嫌なようだった。 いつもは晴れているその表情は時折曇り、眉をひそめた。 「どうしたのー?邑瀬。 ほら、梨璃ちゃんのほうがさきにおきてるわよ?」 そう、朝が苦手な梨璃が邑瀬より先に食卓についていた。 小さな口でパンをかじりながら邑瀬を見るとにっこりと笑った。 それは嬉しそうに、楽しそうに。 「うん、少し疲れちゃって…・おはよう、梨璃、勝君。 勝君宿題終わったの?」 龍の一人息子、10歳の勝に挨拶がてらパンチを入れつつ邑瀬は言う。 「おはよう、邑ちゃん。 宿題はこれからだよー」 元気よく勝は言った。 もうすぐ昼になるだろう、何がおはようなのかは分からないが 龍と邑瀬は数分言葉をかわしていた。 「あと一時間したら出るよ? 梨璃。」 一言言うと邑瀬はパンを食べ始めた。 おいしいね このパン そうだね 邑瀬 そうだ 梨璃今日はアーナご機嫌良いみたいだよ そうなの 良かった 知ってるかなあ 梨璃 あのね 龍さんって昔この街のミスアカッディアだったんだよ 「やめてよー邑瀬。 恥ずかしいじゃない」 すごいじゃないですか龍さん 写真とか今度見せてくださいよ 「ふふ 気が向いたらね あ、ちょっとバター買いに行ってくるわ。二、三分で戻るから」 はーい はい そうだ 梨璃 今日ふくろうのところに着いたら 一泊するよ そうなの うん おしごと手伝って品物つんで…あ、お祭りもちょうどやってるからさ! いこうね! ええ 邑瀬はぐびっと紅茶のみほすと席を立って梨璃に「ちょっと羊見てくる」といった。 梨璃は「ええ」といって笑った。 それは嬉しそうに、楽しそうに。 邑瀬も笑った。多分笑っていた。 「もういっちゃうの? もうちょっとゆっくりしてけばいいのに」 名残惜しそうに勝は言った。 「うん、でもね春海さんのところにもいかないといけないし お仕事しなくちゃね」 「また来る?」 「もちろんだよ」 邑瀬は笑う。 勝の頭に手を置くとくしゃっと頭をなでた。 不思議と邑瀬の方が勝より名残惜しそうだった。 「梨璃さんも来る?」 「私もまた来させてもらおうかな。 龍さんも勝君もみーんないい人だし。 たった一日なのに自宅みたいな気分になったもの 是非、また来させていただくわ」 梨璃は笑うと昨日よりか幾分馴れた様子でアーナにのった。 「じゃあ」 邑瀬もジータに乗ると二人に手を振った。 |