足跡篇11 海の漢
「お前、可愛いな」
静まりかえる空気の中
できるだけ自然に言おうと若干堅い口調のハヤテをみて
男は笑った。
面白い。
本当に面白い展開になってきた。
数日前に歓砂・ハンカの港から勢矢・コトンの港へと発ったこの船に
珍しい乗客二人と一匹。
藤色の愛らしい娘とその連れの冴えない男。そして見なれない獣。
とりあえず獣に害意がない事が知れてから、何かとこの乗客には接する事が多かった。
特に多かったのは男の方で、年のころなら17、8であろうか
普通なら國でこれから一線で働きだす年頃で、しかしそれにしてはなんとも肉付きの悪い
しかも背の曲がった男だった。
はっきり言うとしゃきっと立たせたくなるような、そんな妙な苛立ちを持たせるタイプ
しかし意外な事にこの船の副長、それなりに船員に背筋をのばさせる自分は特にこの男に苛立ちを持たなかった
とりあえず賭け事にひきずりこんでみれば恐ろしく弱い。
特にカードなどは相手の手をろくに読むことも出来ず、面白いように顔に出た。
もっとも本人は気づいていないようだから誰も言わなかったが。
ただ負かして金を巻き上げるだけなら港の飲み屋で出来る。
妙な親しみを覚えた若い男をからかおうと船員は罰ゲームを提案した。
連れの熊を無理やり殴らせた事もあったが今日のはまさに格別。
とりあえず連れの娘が可愛かったので口説けと言った。
一応それが「いまさら」な可能性が無きにしもあらずだったが、まさかこの男にかぎってそれは無いだろうと
言ってみればやはりうろたえた。
あれやこれやと適当に手順を叩きこんで、無理やり送り出す。
物陰から見つめればそれはそれは楽しいデバガメだった。
「あ、副長、でてきましたよー」
言ったのは最近入ったばかりの新人。料理担当の者だった。
「なになに?」
自分でもどうしてこうなったかはわからないが
妙に女っぽいしぐさで聞く。
「ハヤテ、でてきました」
特に気にしないようにこっそりと言う。
覗き見てみれば確かに、若い男…ハヤテが例の娘の方へ近寄っていくのが見えた。
そのしぐさはぎこちない。
まるで小さい子供が大きな声で誰かに好きだといっているのを見るような
おかしいような、こそばゆいような
不思議な感覚に襲われた。
娘の方をみるとその姿は見事なまでに美しく茜色に染まっている。
藤色の珍しい髪は透き通り、瞳は優しく輝く。
肌は橙に照らされ、風がゆっくりと頬を撫でている。
スバル、という名の娘は近づくハヤテに気づくと笑って声をかけた。
「あ、なんかしゃべってますね」
新人がつぶやく。
ふとバランスを崩しドアを鳴らしてしまい、慌てて押さえた。
「あ、ごめん」
「あぶな…ふくちょー、気をつけてくださいよ?」
苦笑い。
慌てて目線をもどせばハヤテが堅い顔で何かをいわんとしている。
そろそろだ
ニヤニヤする顔を必死に押さえながら後ろから覗きこむ多くの船員を押しのけた。
スバルを見る。
なんだろうか、いつか見たような気がする、そんな懐かしさ。
國に残した妹も、旅だった時はこのくらいだった。
栗色の髪、お世辞にも綺麗とは言い難かったが、その代わり人懐こさがあった。
生まれつきでくるりと巻いている髪の毛を文句片手にゆっくりと梳かす。
その最中に声をかけると怒られたのが懐かしい。
あれから十数年、この間あったのはいつだっただろうか。
優しさだけが取り柄のような、なんとも頼りない男を亭主に迎え
昨年生まれた子供を手に、幸せに笑っているだろうか
目の前の初々しい交流を前に、國へ手紙を書こうと、思った。
「お前可愛いな」
しぼりだすような声。
しかしその後が出てこない。
ちゃんと教えたはずなのに。
そのままだんだん、明らかに夕陽のせいだけでなく赤面していく顔。
しばらく固まったようにじっとしてから
たまりかねたように少年は叫んだ。
「いやもうアレは無理です。無理無理」
ほてった顔を冷ますように窓に顔を押し付けながら憮然とハヤテは言った。
「馬鹿ね、あとちょっとだったのに!
何であそこでとめんのよ」
「だって無理だしー!恥ずかしいでしょ?
言えない言えない」
「言葉っていうのはね、思ったときにだした方がいいのよ」
「…思ってないし」
「どうだか」
軽く笑う。
手のひらに収まってしまう、妙に小さな靴下を編み終わり、副長は笑った。
「結婚したなんて聞いてないし。
なんで言わないんだ」
「いいじゃないの、兄さん。
っていうかちゃんと私手紙だしましてよ?
船旅なんかしてるとまともに手紙も届かないのね」
「相談ぐらいしてもよかっただろうに」
「私の事よ、私で決めるわ。
そりゃまあ一言ぐらいいっても良かったとは思うけど
どうせ兄さんがなんと言ったところで結果は一つ、そのぐらいの確信はもてたわ」
「考えてるほど優しくないぞ、大変な事だってきっと多い」
「百も承知よ。
考えたとおりに物事が動いた事なんてないもの。
兄さんの家出も、そう。」
「それは…」
「そんな兄さんが私の事をとやかく言うのはどうかしらね?
まあ?妹思いの優しい兄さんということで許してあげなくも無いわ。
あのとき心配した私や母様達の分が、今そうやって帰ってきてると思いなさい」
「…笑うんじゃない」
「フフ、あら?顔が赤いのね。おかしい。兄さんでもそんな顔するのねー。
だいじょうぶ、きっと何とかして見せるわ。
もし私が悲しみや不安、辛さに負けて、いつか怒って別れる日がくるとしたのなら
それは私の読みが甘かったのね。」
「お前は昔から…」
「そう、私は昔から思いこんだら即決、即断。
それに行動に移す前に考えるようになったわ。
だって愛してる、なんて言われたのよ?
好きな男に返す言葉なんて、そうそう多いもんじゃないわ」
「…」
「ほら、そんな渋い顔しないで。
おめでたいことじゃないの。
それに、言葉は思ったときに出したほうがいいのよ?」
「…」
「何か、いいたいことがあるんじゃないの?」
「…」
「…」
「おめでとう」
夕陽を背に、軽く見つめ
言葉を交わし、多くを語らず優しく笑う。
可愛いな、とでも言えばいい
きっと、きっと彼女は思ったままの表情をするから
だから
そしたら
綺麗、…な、…夕陽 とでも言えれば、上出来
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わははー!とっても楽しかったです。第11段。海の漢。
男らしくない彼ですが妹思い。
そしてあまり本心を、べらべらと喋らない、喋れないタイプ。
若くて可愛い女の子が大好きです。
女の子っていうか女性だな。
一番楽しかったのは後半の妹との語り〜のあたり。
とてもすっきりすっぱり、好き嫌いのはっきりした娘。
でも大切なものにとても素直な人。
お兄さんはそういったところでまたね、奥手。
楽しいー!
いよいよあと四話となりました足跡篇。
頑張るぞー!!!
(2003/11/21....haruco)