足跡篇10 アカツキとアサツキの



「アルゲッタ・ミシットランド…ねぇ」

ほのかに意識を浮かべつつ、暖かい「もと」で一人つぶやく。

帰るべきところであるそれはいつも暖かく、紅い光を帯びている。

気まぐれにそこから少し抜け出し表面で自分の四肢を眺めた。

橙色に光る指先、視野の隅にはいる自らの髪の毛のようなものは炎のように光り、ゆれた。

「なあ、大きいの」

小さく呼んでみると頭の中に、何かが響く。

どうやら起きているようだった。

「お前、まだ信じてる?バラフの言葉」

ずっと昔に、言われた言葉。

無言のまま沈黙を保つ相手にため息ひとつ。

なぜ自我など持たせたのだろうか。

単純なシステムの一部だったならばもう少し楽に過ごすこともできるだろうに。

頭の中でまた振動した。

「何?」

少し、端的な振動。

「ああ、藤色の?元気だったよ。

 お前会ったんだってな。間違われた。

 あと、もう一人の、アズマガオ。一応止めるようには言っておいた」

思い出す。

やたらと若い二人組みで、まさかあんなのと当たるとは思っていなかった。

急に珍しく、月が見たくなる。

「ちょっと…」

小さく告げて、外へ出た。



「あ」

まず外へ出て目が合ったのは例の娘。

「え!?」

どうやら夜中、あたりは森で見渡せば隣にはハヤテ。

その向こうにはじめてみる小熊。

スバルの横には見知らぬ少年が寝ていた。

皆寝入る中、スバルだけ半身を起こしこちらを見つめてくる。

「ば、番人さん?どうしたの…?」

考えてみれば当たり前の事だった。

契約をしてしまったのだから外への入り口は陣か主かに限られる。

ため息をついたのがあまりにもあからさまだった為かスバルは心配そうに顔を覗きこんできた。

「大丈夫?」

その顔があまりにも心配そうなものだから思わず噴出す。

静かに笑うと眉根を寄せ笑いを非難するようににらまれた。

「っもう。いきなりなんで笑うのよう」

「……すまないな。

 今は…夜か?」

「うん、真夜中。

 ちょっと、この…契約印?が熱かったものだから…目がさめて」

「…すまない」

きっと出るときに生じた熱だろう。

こうした形で主に影響がでるとは意外だった。

スバルは静かに立ち上がると掛け布団代わりのマントを軽く羽織ると軽い足取りで月明かりの当たるところへでた。

「…良い月」

そういって月明かりの下マントを少し広げくるくると回る。

藤色の髪は夜闇と月明かりのせいで銀色にきらめき、細めた光は少し黄金色に光った。

「…アルゲッタ」

そう言ったのはとても小さな声で、呼んだというよりも一人つぶやいたといった感じなのに

驚いたことにスバルはその声を捕らえ、はたと動きをとめた。

「ヤダ…そんなので呼ばないでよ」

照れくさそうにあごを引くとスバルは言う。

「…ミシットランド?」

「それも嫌。

 あたしだけの名前は"スバル"なの。

 そんな家名とかで呼ばないでよ〜」

「じゃあ、スバル」

「なあに?」

「……いや、特に用はない…」

もう、呼んだだけ?少し頬を膨らませてスバルは背を向けた。

しかしすぐに振り返る。

「ねえ…あなたの名前は?」

「…カサ」

「へ?」

「カサ、だ」

スバルは一瞬きょとんとしてからすぐに笑顔になった。

じゃあこれからはそう呼ぼう、と高らかに笑うとカサの手を引き月明かりの下に引きずり込んだ。

「良い月じゃないの。

 日が昇ってもまたなんとも趣のあるものだけどね〜」

「アサツキか」

朝月。

日が昇りその向かいに見られる白い月は薄い空の中霞みそうなほどに薄く浮かぶ。

その姿は霧から見上げる空にも似ている。

「そうそう。

 朝っていえばさ、朝日の昇るあのちょっと手前。

 とても夕陽に似ているよね。

 なんだかとても寂しくなる」

憂いた眼差しで東を見る。

日はまだ昇らないようだがそれも後数十分の事だろう。

「それならば暁だな」

「そ、アカツキ」

もしも。

もしも例えるのであれば

スバルはアサツキのようだ。

ハツラツとした表情はふと息を潜め表面化に沈み霞みがかったように

しかし澄み切った中で静かに浮かぶ。

「藤色…か」

何度となく見た気のするこの髪。

ゆっくりと摘み上げると指の光に透け白銀にゆれた。

「……カサは…」

「?」

どこまで知ってるの?と小さくスバルが言う。

ふと吹いた風で炎のような自身の髪が揺れた。

「何が?」

「だからー、なんていうの?

 陣のすべて、とか」

「ああ…そりゃ番人みたいなものだしな、一応全てとまではいかないまでも『何か』ぐらいは知ってる」

「じゃ…じゃあさ!教えてよ!!

 …そんなに危険なの?」

皆が止めるんだもの、スバルは小さく付け足す。

不安そうに見上げるその顔は月夜の中で妙に儚げに映る

とにかくそんな顔をやめさせたくて語調を上げていった。

「人によるんだよ

 ただ問題なのはアレを使う事じゃないんだ」

「?」

「たとえば大きすぎる力で世界が壊れるーだとか沢山の人が死ぬーだとかだったりするとして」

「うわ、困るな」

「まあ困るだろうな。

 ただそれはお前が恐らくその事事態を恐れているというよりも

 それによって誰かが、なんていうんだ?か、な…しい?まあそんな気持ちになったり

 辛さを招くのが嫌なのだろう?」

「そりゃまぁね。

 いくら窮地でも自分の為に多くの人が死ぬのなんか嫌だし…っていうか目覚め悪過ぎ」

まあそんなとこだろう?と覗きあげる。

腰に手を当て少し高いところに立つとあたりを見渡した。

紺青の空には白銀にも似た月が浮かび眼下、森を縫うように流れる河をきらきらと揺らす。

果てしなく広がるように見える森の向こうには港町のささやかな明かりとその向こうに広がる海が見えた。

「そういうことだ。

 大抵の場合そういった行為は人一人の手には余る。…大勢なら良いっていってんじゃねぇぞ。

 重さ、だ。

 それと共に失う対価に近いものが無くてはなし得る事じゃない。

 そしてそれは事の大きさにかかわらず必ずお前を蝕む」

「それだけ…大きな事ってこと?」

「お前にとって、だ。

 う〜ん、難しいな…全てに言える事なんだ」

「?」

少し困ってお互い焦る。

少し考えた後カサは顔をあげた。

「いいか。

 正しい力なんか無いんだ。

 それが正義のためだとか、守るためだとか、傷つけるためだとか、そんな事いってもだ

 力は力。物に対する影響を及ぼすもの以外の何物でもない。

 言葉もまた然り」

「……」

「捕らえ方ひとつで全ての思いは一変する。

 例えばお前が何かを守っているとするだろ?

 お前は大切だから守ろうとする。

 でも相手にとってはただの枷(かせ)でしかないかも知れない。

 格子のような、そういった物かもしれない。

 強い思いは変え難い拘束力を持つ場合がある。

 想いの強さは願う事を成し遂げる力になる。

 それ故に見失いがちだし、偏りがちだ」

「うん…」

「大切なことは"正しさ"で決め付けないことだ。

 正しさっていうのは本当にあるのか分からない。

 道徳的な、なんていうんだ…倫理的な面から見て

 ほら、人道的とかいうじゃないか。

 ああいうものはあると思う。

 大抵の人々が共通の考え、思いを持つが故に見とめられ"正しい"と言われる事。

 ただ、それはそれ。

 "正しい"という名はそれだけの意味しか持たない。

 当然というか、確信というか…ああ難しい!

 常識的な"正しさ"があったとしても

 それはお前がしようとしている事が"必ず正しい"というのとはまったく結びつかない。

 多くの見方があるが故に思いは交錯し事実はさまざまな顔を持つようになるんだ」

「うん」

同感、とまではいかないまでもなんとはなしに、分かるところがあってスバルはうなずいた。

肌に触れる風が冷たくてマントを強く身体に巻きつける。

それに気づいたようでカサは無遠慮にスバルの右手を取るとぶっきらぼうに握った。

光りこそはするもののその体も髪も熱くはないのだが

妙に暖かさが染みてくる。

内側から沸き起こる暖かさにスバルは安らぎを感じた。

「…だから、例え、もしも、万が一。

 陣の完成によって大きな力を得る事が出来たりして

 それを何に使うかと考えたときに

 正しさで見てはいけないんだ。わかるか?」

「……それゆえの、危うさから?」

「そんなとこ。

 こうする事がなんとかの為になるからだとかそういう風に決めないほうが良い。

 結果でそうなるかも知れないけれど思い込みってのは強いから。

 大きな力といえばそうだし、そうでないといえばそうだ。

 難しいな、本当に。

 何かを壊すことも生み出すことも直接にはしないけれど

 影響を及ぼす一点にはなり得る。

 それはお前を、多分…苦しめる」

「陣を使うことによって?」

「俺はお前じゃないから分からない。

 事実故にかもしれないし、大切なものが無くなるかもしれないし

 俺達は"全て"のごく一部であるしお前達より多くを知るかもしれない

 けれどその形故に持ち合わせないものがあるし、知り得ないものもある。

 たとえば光らない体とか」

カサは苦笑いした。

少しだけ、月が沈んでいる気がする。

「だから考えるっていうのかな、そういうのが大切だと思うんだ。

 思い一つで決めるとか、願うのは凄い事だし大切な事だ。

 それは多きな力をもつ。さっきも言ったか。

 ただ、これも捕らえ方の一つで、なんていうか無鉄砲さとかそういうものも持ち合わせるだろ?

 多分大切なのは、きっと後悔しないことだ」

「後悔」

「よく後悔するだろう?泣きたくなったり、辛くなったり。

 後悔って言葉だけじゃ足りないな…とにかく納得できなかったり中途半端だったり

 明らかに見えてるのにそういう結果に向かっていくって言うのは気分がよくないだろうし…

 想いは大切だけれど

 他にも大切なものはある。

 順位をつけるとかじゃなくて、力や正しさ抜きにして大切だと思えるのは凄い事だろう?

 大切だから守りたいだろうし、慈しみたいだろうし、あるいは傷もつけるだろう?

 人であれ物であれ事実であれ気持ちであれなんであれ

 全てはそこに等しい。と、俺は思うわけだ。

 だから大事なのはお前の気持ちなんだ。

 大きな事の時ほど躊躇したり焦りがでたりするし不安だったり困る事もあるだろう

 けど静かに、強く思える事があるならば

 それは正しいことにも、良い事にもなり得るんだ。

 それを決めるのはお前の…なんていうんだろう…気持ちとかそういったもの全て。

 陣は何回も言うけど大きな破壊力とかそういうんじゃないんだ。

 ただ大きく変わるかも知れない何かがある。

 全てのものにあるそんな可能性が、すこし濃くこの陣にある。

 それを使うとき、集めるとき、おそらくお前は辛くなるかもしれないけれど

 振り返って後ろへ向かって歩く事なんてできないんだ

 だから想いを見つめ、大切なものと向き合い、少し冷静に考えるのが大事だと思う」

一気に話した為かスバルは少し複雑な顔をする。

ゆっくりと一言一言受け入れるとゆっくりと笑った。

「分かる気がする。

 冷静に考えられるかどうかは置いておいて、想いは大切にってなことだよね」

「まあ、そうだな」

「フフ、今日やっぱり会えて良かった。

 少し、不安だったから。

 あ、ねぇ…いつでも出てこれるの?」

「明るいところは無理だろうな。

 陽の力は苦手だから…

 まあ夜なら、ちょくちょくなんて訳にはいかないが…まあお前が望むなら」

「じゃあ今度いっしょにトランプで賭け事でもするときに呼ぶよ」

「面子かよ」

「フフフ〜」

月明かりが少し弱まったように感じられ

当たりの空気が少しだけ、暖かくなったように感じる。

空気はしんと張り詰め、風は弱い。

スバルはマントを軽く広げくるくると回るとそろそろ上り始めるであろう日の方向を背にカサに笑いかけた。

「辛いこととか、大変な事とかあってもね。

 なるべくその気持ちだけに沈むのはやめることにしてるの」

「?」

「想いはそれだけ大きくて、自分も飲み込まれてしまうから。

 感情の枠を越えて…なんていうの?すごく嫌いな自分に走っちゃう」

「…うん」

「可愛そうな自分は、もうやめたの」

しんと張り詰めた空気の中

先ほどまで月の光で黄金色にもなった瞳が薄く、しかし静かに浮かぶ。

満足げに、ずいぶんと穏やかな顔でいうものだから思わず笑みがこぼれた。

「困ったときは幸せな事を考えるのが良い。

 結構タフにできてるからな、大抵の事なら無理に前向きになれば一歩ぐらい踏み出せるものさ」

「一歩ずつとまったりしてね」

「それもいいさ」

カサの笑いながらいった一言に、スバルはますます笑みを深めた。



じきに暁に似た輝きがあたりを囲み、煌く月は朝月へと変わる。

笑いながら別れをつげ

「もと」へと戻るとき、静かにカサは思う。

アカツキとアサツキの異なれど一度に起きる似た状態は

まさに藤色を感じずにはいられない。



暖かい「もと」へと帰ろうというところで

「大きいの」が外へ出て行くのが見えた。

陣あればこそのこの出会い。

どうかその陣が、重く辛い枷にならないように



アカツキとアサツキの

それを含む全ての

さまざまな想い故ある今を感じつつ



カサは静かに「もと」へ帰っていった。













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覚えている方がいるかいないか二番目の番人が主役な第十段。

おおう、二桁。

カサの言った事は私の考える

今出来る限りの表現の全て、に近いもの。

武井先生のお言葉とか漫画にでるものとか「そうだなぁ」と思うのに近くて

自分が絶対に正しいっていう一方的な見方に偏らないように

少し文字にして戒め

そして少しでもこの考え(なんてだいそれたものじゃないけれど)とか感覚とか

触れてもらえれば、と思って。



カサの見た目は14、5ってところでしょうか

姿全体が薄く夕陽色な感じです。



あ!あ!

最初に出てきたバラフという人はもういない

結構前の掌空の王様です。











(2003/10/29....haruco)