46 回りくどい彼ら
「三つめ、黒霧の洞の紋はあなたのものに。
とりあえず……健康には気をつけて」
そよそよと風が吹く、その優しい音でスバルはゆっくりと目を開けた。
まずはじめに飛び込んできたのは頭上をかける明るい陽の光で
柔らかい布の感触が手に触れる。
ゆっくりと身を起こして、やっと彼女は自分がベッドに寝かされていたのだと知った。
朝の空気。
しんと静まりかえった、音の少ない世界。鳥が小さく無き、どこかで時を知らせる鐘が鳴った。
「……ああ、そうか」
洞窟から少し離れた赤レンガの町。
スーの洞窟に行く前に立ち寄ったその町に、知らぬうちに連れ込まれたのだと理解した。
彼女の記憶はカサと再会し、陣を理解し、濃霧の戻り始めた坂道を登り始めたところで途切れている。
あまり近いとはいえないこの町まで、運んでくれたというのはすぐに分かった。
「ありがとね」
ぐるりと部屋を見渡し、スバルは小さく笑みを浮かべた。
まずベッドにもたれるように一人、赤毛。
次に一人がけの小さなソファの上で丸くなって一人、金髪。
部屋の隅、スバルから一番遠いところで机に突っ伏して一人、黒い髪。
最後に、ベッドから程近いところで丸くなる毛玉、これは濃茶。
おそらく彼女を担いだのはアツだろう。
彼はベッドの隅に上体を預け、静かに寝息を立てていた。
スバルが手を伸ばせば届く位置に頭がある。彼女は好奇心からほんの一つまみ、彼の鮮やかな赤毛を持ち上げて見た。
「……燃えそうな色」
朝の光に透かしてみればその色は橙色にも金色にも光り、さらさらと流れる。
スバルはすぐにはっと目を見開くと、慌ててその手を引っ込めた。
触れてはいけないものに触れていたかのように、彼女が身を揺らせば、ゆっくりと紅が風にそよいだ。
「もう大丈夫なの?」
覚えたばかりの陣を思い起こすように、スバルが繰り返し糸を紡いでいれば
のんびりとした口調で背後からハルベットが声をかけた。
陽の光がじんわりと体を暖める静かな午後、足元を覆う鮮やかな芝生を二、三踏みしめてからスバルは振り返った。
「おはよう、おかげさまで」
「それはよかった」
ハルベットはそういいつつスバルの顔をじっと見つめる。
その目元や仕草に、疲労の色がないことを確認すると、改めて彼は満足げに笑みを浮かべる。
起き抜けなのだろう、彼の髪はいつも以上に好き勝手にはね、えりあしは特に美しいカーブを作っていた。
「二人は?」
「まだ寝てるよ」
糸で遊ぶことをやめたスバルはハルベットの元へと近づき、ゆっくりとその足元に腰を下ろした。
宿の裏庭にあたるその場所はたくさんのシーツが白い旗を風になびかせ、
その近くに忙しく洗濯物を干す少女がいるのみだった。
あぐらを掻いてくつろぐスバルを見て、ハルベットもそれに続く。
「元気そうで良かった!」
「ごめんね、なにやら皆でここまで運んでくれたみたいで……」
「僕はほとんど何もしてないから気にしないで!!」
殊勝にスバルが言いかければ、満面の笑みでハルベットが返した。
その晴れやかなこと。スバルは一瞬だけ眉間にしわをよせたが、ハルベットの頭をぐりぐりと撫でるだけに止めた。
「頑張ったのはもちろんアッさん、あとはユミレオと、まあハヤさんも頑張ったんじゃないかな」
「なにそれ」
微妙な言い回しにスバルは首をかしげる。
ハルベットはかき乱された頭をゆっくりと正しながら、ついでに寝癖にもくるくると指を絡ませた。
「スバさんを担いだのはアッさん、担がれてるのが落ちそうになったら支えたのがユミレオ」
「なるほど、でハヤテは?」
「荷物もち」
ジャンケンでね、負けたんだよ。
グーパーと手を動かしながら、ハルベットはその手をかざして見せた。
へえ、とスバルは曖昧な言葉を返した。実に微妙な答えだ。
「ハヤさんが心配ないって言うから、寝かせといただけで医者にも見せてないけど大丈夫なの?本当に」
「もちろん。ちょっと陣にあてられただけだよ、ちょっと頑張りすぎたかな」
軽く笑っていって見せたスバルに、ハルベットはいぶかしげな瞳を向ける。
「そういうもんなの?」
「そういうものです」
スバルはくしゃりと笑うと、自分が元気だということをアピールするように腕を振り回した。
その余計な動きによりハルベットの頭に一つこぶが出来たのだが
彼女は笑って流した。
「それにしてもさ、僕が思っているよりも二人は大変な旅をしてるみたいだね?」
神妙な面持ちでハルベットが両手を組んで膝の上に置いた。
そうかな。スバルが軽く首を傾げても、ハルベットは苦い顔で視線を落としたままだった。
「僕が店で見てきた旅の人たちは、観光とか商売とか、そういうのがほとんどだったんだよ。
お金がたまったから世界を見て回るとか、隣の國へ荷物を運ぶのが仕事だとか」
「そりゃまあ内訳はそうなるね」
「だったら……」
ハルベットはスバルの言葉をさえぎるように不安そうに隣を見た。
彼女の薄い瞳の色は、ともすれば彼の強い黄金に負けてしまいそうだった。しかしそれは決してない。
「スバさんたちがしているのは観光?仕事?」
「そりゃ仕事でしょうよ、一応国司だし」
「でもね、なんか見てるとね、仕事に見えないんだよ」
「そりゃまたあんまりだね」
スバルは茶化すように口先を尖らせた。
その様子がハルベットには気に食わなかったようで、彼は珍しく苛立ったように拳を握った。
「正確に言うとね、スバさんに限って。仕事に見えないんだってば!」
握り締めた拳は、何があっても人に向かうことは無い。スバルはそれを知っていた。
そしてハルベット自身それを知っていたからこそ、腹立たしさは増した。
彼女はいつもどこか余裕があって、しかし諦観も漂う。
「回りくどい言い方ばかりをしていると良くないよ。
最後まで話を聞いてくれる人ばかりじゃないんだから」
分かってるくせに。
ハルベットにしては本当に珍しく、彼は内心悪態をついた。
「一体何故、旅をしてるの?」
辛抱強く、ハルベットはそっと唇を噛んで呟いた。
大きな瞳をゆらりと揺らしてスバルを見つめれば、彼女は瞬きもせずただハルベットを見つめていた。
ただ一つ深呼吸。彼女の薄い唇が少し開いた。
「陣を集めることに興味があるからだよ」
「それは、国司の仕事が自分の目的と一緒だからってこと?」
「そうだね、あと旅がしたい。いろんなところにいけるってのは良いよね」
「……そう」
釈然としないが、彼女の言葉に偽りは無い。ハルベットはなんとなくそう感じた。
スバルはのんびりとした口調で続きを語る。
「ただ、そうだね。
珍しくハルベットがこんなに食いついてきたのだし、もう少し問いに答えるのであれば、
陣を集めると何が出てくるのか、皆知りたいということだよ」
「?」
スバルが言ったことをハルベットはすぐには理解出来ない。彼は小首をかしげた。
分割された陣はパズルのように組み合わさり、旅の終わりには一つの形を成すだろう。
それはハルベットにも分かる。
けれど何が出てくるのか誰にも分からない。彼女はそういったのだろうか。
ハルベットにはどうしても、彼女だけは答えを知っているかのように見えたのだが。
「そんな目で見られても、陣が完成したら何が出てくるのかなんてわからないからね?」
眉根を寄せて渋い顔で見つめていたハルベットに、スバルはようやっと笑みを浮かべると軽い声で言った。
誰も答えの知らないパズル。
ひどく謎めいた陣、その欠片を探す旅、旅をする少女。
ハルベットは少し混乱し、悶々とした頭で悩ましげにスバルを眺めた。
「答えが知りたいのであれば、そのときまでついてくることだね」
彼女はそんなハルベットを見て苦笑いし、すっくと立ち上がった。
ズボンについたほこりをはたくと、室内から小さな話し声。
残りの二人が起きたようだった。
そのときまで
一緒にいることが許されるだろうか。そこまでついていけるだろうか。
喜べばいいのか分からずハルベットはとりあえず唇を少し強く、つぐんだ。
スバルは少しだけ視線を落とし、目元を緩ませるとすぐに彼に背を向けた。
草を踏みしめ歩き出す背は小さく、彼には少し、遠かった。
なんだかもう本当に私は何を書きたいんだか分からなくなってきましたが
ここのところずいぶんと書くペースが落ちているのでなんとも。頑張りたいな。
というか話を思い出すために始めの方を読み返していたらやっぱり恥ずかしすぎました。
次の國に入る前に、ちょっとずつ書き直さねばと思います。
こんな羞恥を放置していたなんて、なんてこった!ガッデム!!
2006/11/24 Haruco