45 不機嫌な朱に

「おーきたきた!これこれ!懐かしいな」
「いやーもうこないだと同じじゃなかったらどうしようかと思ったよー!!」
相変わらず視界を黒い霧に奪われたままに、ハヤテとスバルは声高らかにはしゃいだ。
二人とも糸が腰元に繋がったままだというのにさくさくと歩き出し、
ついにはハルベットとアツを引きずるような形で淡い光の元へと来ていた。
陣が描かれたのは硬い石の壁。
淡く光る蒼白の線は、懐かしい國の模様。
「なんだよお前ら」
暗闇の中でアツの不機嫌そうな声が轟くが、それに鼻で笑ったのはハヤテだった。
彼と彼女は何ひとつ答えることはなく、
ハヤテは無言のまま壁の光をそっと指でなぞり、模様を描いた。

瞬間

「なんだよこれ!」
響くのはハルベットの焦った声。
アツがひゅっと息を飲む。
ハヤテの指が光に沿って模様を描ききったのと同時に、あたりの黒い霧は霧散した。
急に開けた視界は決して明るくは無いものの、アツが手元に持ったカンテラが
確かな明かりを生み出し、体にまとわり付くような感触は既に無かった。
「ねえ、どういうこと、どうして霧がはれたの!?」
「さあ?」
ハルベットが喚けば、スバルは困ったような顔をして首をかしげた。
彼女らとて何も知らないようなものだというのに。
知っているのは方法だけ、その意図はなにもわからないのだった。
「それよりさ、ほら。
 扉がもうできてる」
スバルが霧の晴れた地下空間で、ゆっくりと前方を指差せば
前にたつハヤテの向こう側にうっすらと白い光。
扉をあらわすようにその輪郭からは光が漏れ、
イカニモ、という風にその先を示していた。
「何がなにやら、さっぱりわからん」
「そりゃ俺もだ」
アツが溜息混じりに言えば、笑ってハヤテが答え
そして両手でその石の扉を一気に押した。
きしりと軽く音がたち、けれどいともあっさりと扉は奥へと開かれる。
光のその向こうに見えた朱に。
スバルはひどく満足げな笑みを浮かべるのであった。


「カサ!!」
まさかその姿を見てまっすぐに飛び込んでいきたくなるほど、自分が彼に愛着を持っているとは
スバル自身とてその行動は衝撃だった。
とにかく赤く光る長髪の彼を見とめると、スバルは駆け足で近寄り
その肩に思い切り抱きついた。
「おい」
しかし降ってくるのは不機嫌な声。
抱きついたスバルに意を介さず、カサと呼ばれた赤い番人は、扉の入り口で立ち止まった三人を見とめた。
「お前、なんか、増えてるぞ」
睨むようにカサが奥の三人を見つめる中、スバルはゆっくりと彼の肩から離れるとにっこりと笑った。
二歩三歩と軽い足取りで後退り、くるりと半回転。
視界に番人と仲間との両方を入れるように立つと、呆然とした仲間たちを指差した。
「そう!増えたんだよ。ハヤテは知ってるよね?前からいる黒い頭のやつ。
 それで赤いのが見学?でくっついてきたアツで、
 金色のが、あんまり役に立たないけど知識だけはある、頭でっかちなハルベット!」
「ひでえー」
にこにこと言葉を連ねるスバルにハヤテが口を挟むが気にしない。
呆然としてハルベットが反論できないそのうちに、スバルはカサを指差した。赤い影がびくりと揺れる。
「二人とも!こっちはなんかいろいろお世話になってるカサ!
 陣を集めるのに必要で、私たち、契約してます!!」
なにやら意味深な笑顔を浮かべながらスバルは右手の甲を皆へとかざし、その光る薬指を見せ付けた。
くるりとカサの腕に自身の腕を絡ませながら、右手の薬指を少し曲げる。
彼女の薬指は普段ありえないほどの光を放ちながら、チクチクと刺すような痛み、熱を感じていた。
こそばゆいような、痛むようなその衝撃にわずかに眉がゆがむ。
「……勝手にぺらぺらと。うるさいな、お前は」
ぶっきらぼうに口を開いたのはカサだ。
逃げるようにスバルから腕を振り解くと、数歩後ろへと下がって、いつの間にか大きな円盤の上に立っていた。
その足元にあるのはいつか見た模様の一部。
硬い石版にうっすらと象牙色の模様を見とめてスバルは目を伏せた。
「陣はどこなんだ」
きょろきょろと辺りを見渡しながら尋ねたのはアツ。
彼は注意深く部屋の内部を見つめ、そしてカサをじっと睨むように見た。
「……目の前にあるでしょう?」
しばしの沈黙をもってから、スバルはゆっくりとカサの足元を見やった。
アツは無言で歩き出すと、その円盤の手前で立ち止まる。カツリと靴音がとまったことで、ハルベットがはっとした。
「アツさん!だめだよ!!」
何故か、と聞かれるときっと彼は困った顔をしただろうが、その行為に彼はためらいを覚えた。
その声に驚いたのはむしろカサとスバルで。
アツは無視したまま片膝をついてしゃがみこむとそっと円盤に手を触れた。
「……っ」
ぴりりとした感触。一瞬指先に痺れを感じるが、アツは指を触れさせたままに円盤の中心を見つめた。
意味不明な、しかし優美な曲線を描く模様は神秘的で、不可解だ。
その意図が読めない、意味がわからない、なにより専門外である。
しかし彼にもその模様の存在感が異常に巨大であるということだけはわかった。
「で?何がだめだって?」
彼は何事も無かったかのように立ち上がると、ゆっくりと振り返り諦めたようにハルベットを見た。
ちらりとスバルへと目配せすると、彼女は困ったような顔をして、間抜けな表情でアツを見返した。
「いや、別に……ただ、なんかそれはあんまり気安く触れちゃいけないものかな、って」
「へえ」
何も知らない、何もわからない彼にも、それはわかるのだ。アツは不思議な驚きをもってハルベットを見やった。
ハルベットに並ぶようにもとの位置へと歩いてから、ふと振り返り、今度は番人を見つめた。
敵意も含まれるような、重たい視線。
「で?この陣の意味するところはなに?これはなんのための陣?
 これを集めるとどうなる?価値のあるものか?こざかしい仕掛けが洞窟にあったのはなぜ?」
「……さあ、知らないさ」
多くの質問に、たった一言でカサは返答した。
スバルとハヤテは苦笑いし、そしてハルベットは困ったように眉根を寄せた。
アツは憤慨することもなく、しかし気に食わないように溜息をついて腕を組んだ。
問い詰めることはできず、探ることも難しい。
そして彼が円盤に触れた右手は、今では燃えるように熱かった。
内側から浮き上がるその熱をじっとこらえているものの、番人が寄越す視線で、彼だけに見抜かれたように思われた。
「俺は何も知らないんだよ。ただ、この陣が創造者にとってとても大切なもので、
 可能であれば誰にも見せたくは無い。けれど、大切だから大切な存在には見つけてもらいたいと思う。
 そういった感覚で、中途半端に隠して見せたのだと、そういうことぐらいしか」
子供のような、その相対する気持ちを表したのが、謎解きの空間であると。
カサは内心思ってそっと笑った。
そして、隣から熱烈な視線を送るスバルを振り返り、そっと見つめた。
いつに間に移動したのか、ハヤテはスバルの後方に立っており、腕を組んで壁に背を預けていた。
「相変わらず仲良しこよしなわけか」
「うるさいな……その意味ありげな言葉、前から気に食わなかったんだ。
 言いたいことがあるなら言えよ」
しかし若干控えめな声でハヤテは言うと、そっとうつむいた。
「できるならば、あまり先には進んで欲しくはは無いのだがな。
 こうして先々で会うことになると思うと少し苦しい」
「それは……」
陣を揃える事が不幸なことだからだというのか。
肌で感じ取った言葉を口にしようとすれば、言う前にカサは軽く首を横へ振った。
「いろいろなものが、終わりへと集約されるような気がするからだよ」
その言葉の真意は知れず。
しかしその感覚はなんとなく感じ取れ。
スバルは小さくうつむくと、すぐに顔を前へと向けた。赤く光る髪が橙色を浮かべる。
「進まなくちゃいけないもの。まだ頑張るよ」
藤色がゆらりと揺れれば、まぶしいものを見るかのようにカサは少し目を伏せた。
円盤へと向かって歩き出したスバルを見てゆっくりと頷くと、それを見守った。

息をするのも、躊躇われるような。
アツが目を見開いたまま見つめる中、スバルは裸足になって円盤の中心へと立つと
目を瞑ったままに円盤の上を歩き、そして立ち止まり、手でゆっくりと触れた。
唇から紡ぐ風で時々静かに何かを語りながら、彼女はひとつずつ確認をする。

ハヤテは目を伏せ、眠るように時を過ごし
ハルベットは問うことも出来ないままうろたえた様にスバルを見つめた。
アツだけが二人を見つめ、カサだけがスバルのしていることを理解した。
一歩ずつ進み、彼女が理解し、そして藤色の瞳を開いた、そのとき。

一度だけカサは苦々しく、小さく笑うと。
スベルへ向けて、一言告げた。







なんだか久しぶりに空旅を書くものだから見直していたら、初期はえらく青春ファンタジーでびびりました。
え、私スバハヤでラブラブにしたかったの!?もしかして、みたいな。
さりげなく書こうとしたつもりでしょうが、熱意あまってかなりにじみ出てました。あははは。
今なら絶対に書かない文章だったのでなんだか読んでいて不思議な感じ。超書き直したい!!(笑)

今回は久しぶりなので、四人のキャラを確認しながらではあったんですが、
陣回収の仕組み自体を確認しながら書いてもいました。へえそうだったんだ、とか自分で思ってる辺りダメでしたが。
複線を張りたかった以前の私は、微妙な言い回しを使ったりしてますが
微妙すぎて今の私ですら汲み取るのに時間がかかるものが結構あったりして(汗)難しいなあ。
でも今も昔も、私はスバルとハヤテが大好きなようなので、それはうれしかったです。

かなり亀な速度ですが、読んでくれる人がいるのであればその人へ
そして自分のためへも、ゆっくりとでも、かならず終わらせたいな、と思います。
ささやかな、夢。
……困難そうですが。目指せ、天竺!!




2006/04/27 Haruco