43 水脈の示す黒

「だからさ、きっとスーなんだって」
さも当然のようにアツが答えを導き出したのは二日前。
目を丸くする一同に、彼は大きく溜息をつくと鞄の中から一枚の地図を取り出した。
「つまりさ、良く見ろよ、ここが海の洞窟”アガ”、そしてここが砂の洞窟”サナ”」
その地図は大陸の外形が細かく描かれているが、紙の痛みが激しく、とても年季の入ったものだと分かる。
大陸の内部には細かい線が何十にも渡って引かれ、中には細いもの、太いものと様々だった。
「大体さ、ここまで洞窟つながりで来てるのになんでそこからあたらないんだよ」
「……たまたまだったかも知れないじゃないか」
呆れたような瞳でアツが見つめてくれば、スバルは思わず息を呑んだ。
実は単純に考え付かなかっただけなのだ。大体、この国に目につくような洞窟などない。
「それにほら、まあ二つだけじゃ断定するのを引かえる気持ちもわかるけど……
 この流れな、大陸を縦に走ってる……」
アツは指を指しながら一本の線をたどっていった。
他の線が爪の先ほどの太さしかない中、その一本は目立つような青く太い線。
スバルとハヤテがぼんやりと覗き込む中、ハルベットがやっと気づいた。
「水脈図か!それ」
「そうだ、みんなこの線の直情にある洞窟だろう?
 ”水の豊かな”、えっとなんだっけ?スバルの知る古代語の名前の付いた土地の”洞窟”
 これは結構な印になるじゃないか」
「なるほど……」
思わず素直に感嘆の声を漏らしたのはハヤテ。スバルもまた目を大きくさせて感心している。
それに大してアツはといえば未だに呆れたような表情である。
どうしてわからないんだと彼は呟くが、水脈図は高価で手に入れにくい品だった。
「この水脈は大陸間をも跨ぎ、これから分岐した流れもまた世界へと伸びている数少ない水脈だ。
 しかも大河の類とは違って地表に出ることなく、ある一定の深さにある水脈だ。
 鉱毒が混じっているところもあるが、あまりむやみに井戸につなぐわけにもいかなくてな
 世界を跨ぐ巨大な水脈があるが、これは大体三番目くらいの大きさだろうか……名はサヒーナ」
「サヒーナ」
反芻するようにスバルは呟いた。
ハヤテはというと、その言葉がまた古代語となんらかの繋がりをもっているのではないかと思ったのだが
どうやら違うようだ。彼女は満足げに頷くと、何も言わずに再びアツの言葉に耳を傾けた。
「このサヒーナはこの大陸にも渡っている」
「あーそれで、スバさんの言ってる土地と水脈が重なるのが……」
ハルベットは合点がいったというように両手を打った。
他の二人もまた心得たというように、アツと視線を交えると、神妙に頷いた。
部屋がしんと静まり返る、小熊の寝息だけが、小さく響いた。
アツは疲れたように頷くと、後ろ頭をかいて小さく笑った。
「そう、スーだ」


乱れる呼吸、足は持ち上げることに苦痛を伴い、夏だというのに息は白い。
手足を懸命に動かし、杖を突きながら道を進めば、流石にアツの表情も苦しげだった。
「ったく、どうしてんなところに洞窟なんかあんだよ……」
「……この高さに洞窟があるっていうのは、確かに地図になくても不思議はない気が、します」
ハヤテの苦々とした呟きに答えたのはハルベット。
二人は最後尾に団子状態で固まっており、追い越し追い越されの状態が続いていた。
「頑張れ、もう少しで開けたところにでるから。今夜はそこで休もう」
意外なことに、一番疲れを見せていないのはスバルだった。
一向は只今スーに向けて登山の最中だった。
ツイから逆戻りするように二日歩き通してやっとたどり着いた麓の村。
そこを出たのが昼過ぎで、そろそろ夕陽が一同の顔に紫がかった影を作り出している。
スバルの薄紫の髪が橙色に光るのを見て、ハヤテはいつだったか船上でみかけた横顔を思い出した。
「お前、元気だな……」
ずっと歩き通しで、ハヤテなど足裏は腫れ上がったかのように痛みを訴えている。
それなのに彼女はまるで平坦な道を歩いているだけのように、なんとでもないというような雰囲気だった。
「まあ、うちの荷物はアっさんがもってくれてるしね」
彼女が笑って見やれば、アツが顔を顰めて振り向いた。
気づけば彼の肩に掛かる荷物は二倍になっていた。
「じゃんけんで勝っちゃって」
陽気にスバルが言えばアツが小さく舌打ちをした。
いつも飄々としている彼にしてみれば珍しい。ハヤテは思わず苦笑いを浮かべた。
先ほどから後ろでハルベットとハヤテがのろのろと歩いている間
二人は荷物の運搬をかけたじゃんけんで盛り上がっていたわけだ。
荷物を預けてしまえばスバルは身軽で、元から体力もあるようだから、一番元気な理由は納得できた。
「なるほど、そりゃあ良い勝負をしたね」
「ハヤテもやる?」
「いや、いいよ」
明るいままに返してくるスバルに、ハヤテは困ったような笑みを返して答えた。
万が一に勝ってしまっても、この勝負はきっと気持ちの悪いものだろう。
アツはもしかしたら、負けてほっとしているのかもしれなかった。

パキンと燃える薪の音が響いて、ハヤテが小さく身じろぎをする。
その隣で毛布にまるまると包まってハルベットが愛らしい寝息を立てれば、
スバルはそっと笑みを深めた。
弱まってきた火を見つめて、そっと薪を一本放り投げる。乾燥した木はキンと小さな音を立てて煌々と燃え出した。
隣で身を摺り寄せてくるユミレオの眉間を掻いてやりながら、ゆっくりと視線を上げた。
「寝ないの?」
「君は?」
問いたならば、疑問で返される。
スバルは小さく笑ってそっと首を横に振った。
正面に立ったアツは、そうかと小さく呟くと、沸かした湯でお茶を煎れてカップをスバルへと差し出した。
ありがとう、そういって受け取った手の小ささに、一瞬驚く。
その白さ、細さ。これが彼に傷をつけたのかと考えると、信じがたい事実だった。
「あいつは……」
小さく口を開くと、スバルが小さく顔を上げた。
その短い藤色の髪が揺れると、驚くほど色の薄い瞳が見つめてくる。
「ヒイラギは、どうだった?」
末尾が少し笑いに変わってしまうのを感じながら、彼女の小さな顔を見つめた。
唇は少し薄く、カップは彼女には少し大きいようだった。
「楽しかったよ」
平然と答える彼女に、思わず目が丸くなる。
強い、だとか。冷たい奴だ、とか。
いわゆるそういう返事を期待していたのに。まったくもって別の方向から答えは飛んできた。
「楽しい?」
「ん、一緒にいて、楽しい。
 ヒイラギは意外とお茶目なんだね」
「ああ、なるほど」
それには同意する。
実は正直言ってしまえば、アツは少しこの少女が苦手だった。
はじめはヒイラギに勝ったということで興味津々だったというのに
妙に冷静で、生意気というほどではないが、大人びたものの言い方をする。
旅することに対してのプライドや技術は少々あるようで、それは見ていれば良く分かった。
だからこそか、アツに対して懐くようなことはあまりないように思える。
人当たりが悪いわけではないし、口調が厳しいわけでも、嫌われているわけでもないらしい。
しかし、明らかに体力に余裕のある彼に、彼女よりも旅なれている彼に
助けを求めたり、相談を持ちかけたりというわけではない。
「ヒイラギは冷静だけど、人情派だからね」
「ああ、わかる気がする」
彼女はそういって、またカップを斜めに傾けた。
信頼されていない、というのが正しい表現だろうか。
ハヤテやハルベットに対する気安さが、あまり感じられなかった。
もっとも共に行動するようになって数日でそんなものが芽生えていては、先が思いやられるが
もしもアツがヒイラギだったならば、と考えたら
おそらく彼女の反応は違っていた。
特別なのは、彼か、彼女か。
「ヒィはきっと、誰かを傷つけたりとか、本当に冷静沈着でいたりとか、出来ない人だよね」
「俺だってそうだよ?」
「今は、ね」
スバルは笑った。
ああ、そうか。アツは心のどこかで納得した。
確かに彼はてらいが無いし、人当たりだってヒイラギに比べれば随分と良いだろう。
優しいし、思いやりだってあるし、実力もある。それは周りの認めるところだし
彼だって密かに認識しているところだった。
「アッさんは良い人だけど、ちょっと恐い人だよね」
「なんだ、バレてた」
二人は笑った。
どこか、似ている。
二人の共通するヒイラギは、無口で、あまり笑わず。それでいて甘党で、妙に可愛い。
そしてどこか優しい。
それが触れていて感じる喜びだ。
関わりが深くなればなるほど、彼の心は音も立てずに、それほどにゆるやかに、開かれていく。
彼は誰かの心を傷つけたり出来ないし、そうすれば同等の痛みを感じるだろう。
そこが、喜びで、愛しい場所だ。
おそらく、二人にはあまりない、大切なもの。
「スバルもちょっと、恐い人だな」
「知らなかった?」
彼も彼女も、必要ならば誰かを傷つけることだってしてしまうだろう。
砂色の彼ほどには優しくはなれない。
意地悪げに笑った彼女に、やっとアツは得心した。
つまりは二人ともヒイラギが好きであって、そして似たような憧れを持っている。
「なるほど、同属嫌悪か」
「?」
スーにそびえる山の中腹。季節に似合わず冷たい空気が吹いてくる中。
アツがやっと得た答えに笑って見れば、スバルが目を丸くした。
嫌悪と評しながらも、彼の心はどこか暖かい。
理性では計り知れない、未知の好意も人間にはあるものなのか、と。
妙に不思議な心境になりながら、アツもまたカップを傾けた。







RPGとかではあまりない事ですが、進んでみた先が「間違いでした」というのは結構ありそうな気がします。
こうして何かを探しているのであれば、こういうことって多いんじゃなかろうか。
今回はわりと旅の目的地が割り出せるような雰囲気になってきましたね。良かった。
あんまり迷わせて旅が長くなっても大変なので(笑)そうでなくても寄り道おおいんだもの、この人たち。
アツとスバルの仲が良いのか悪いのか最近わからなくなってきたので
一応決めとくか!ということで描いてみました。
二人とも結局、ヒイラギが気に入っているという点でとても似ていて
でも、腹の中では何を考えてるかよくわからないあたり、少し嫌なんだと思うよ(笑)
二人が仲良くなれるのか、否か。
見守りつつ。




2005/08/27 Haruco