42 逸れる旅路

「遅い遅い!ふざけんな!」
飛ぶのは高い激昂、その声を聞いてハルベットは小さく叫び声を上げて足を速めた。
昨日の見守る視線は何処へやら。その藤色の瞳で意地悪く睨みながらスバルは手にした枝で彼の背をせっついた。
「いた!いたいた痛いスバさんいたい!」
彼女の腕の長さほどもあろうかという尖った枝で背を突かれれば流石にいたい。
眉根を激しく歪ませながらハルベットは後ろを振り返ったが、厳しい瞳とぶつかるだけだった。
「あんまりいじめんなー」
無責任で明るい声は前方から。振り向くことなくハヤテは言った。
「ハヤさーん」
「ファイト」
助けを求めるように前方へ腕を伸ばしてみても彼は振り向かない。
ただそのさらに前方を行く赤い髪が陽気な声で返しただけだった。
最初は陽の光溢れる岩場だった景色も歩くにつれて変化していく。
わずかに足元に草が見え出すと、間も無く広い草原にたどり着いた。
舗装されない道を歩き、時々コンパスで方角を確認する。
時々スバルとアツが相談するように足を止めれば、ハルベットはここぞとばかりにしゃがみこみ、水を口に含むのであった。
「がんばれ」
旅路を再開する際、決まってスバルは座り込んだハルベットに手を差し伸べる。
その手を掴みながら、もう少しぐらいならば頑張ろうと、ハルベットは静かに思うのであった。

「道は間違ってないんだけどなー」
短い髪をぐしゃぐしゃと掻きながらアツは言った。
その横に立って背伸びをしながら地図を覗きこむスバルは対して冷静な様子で、考え込むようにじっと地図を見つめていた。
「うん、方向は間違ってないから、もう少し歩けって言うことなんじゃないの?」
「まあそうかも知れないが……ただこのまま行くと大河に当たるぞ?それは流石に行き過ぎじゃないか?」
「そうねー古地図でいっても、大河越えたらツイじゃなくなるもんねー
 そこいらには何?イカニモ〜な遺跡とかないの?」
「いかにも、ねえ。
 この周辺にはないな、あるのは……そうだな、これなんてどうだ」
アツは指を彷徨わせてから現在位置から程近い村を指した。
スバルは地図で確認してからその方角へと視線を向けた。
村はそう遠くはない、森の向こうに小さな赤茶色の屋根の群れを見つけたから、歩いてもそう距離はなさそうだった。
「ただの村ではないの?」
「裏の山は銀水晶の取れる鉱山でな、歴史はまあそこそこに古い。
 そこをあたってみるのも手だろう?」
「でも今までの経験から言ってただの村に陣があるとは……」 「俺は疲れたよ」
アツが言葉を遮って大仰に溜息をつくのでスバルは息を呑んだ。
くたびれたようにうな垂れて、君が悪いほど弱々しい瞳で見上げてきた。
「なに」
「スバル、……なあ分かるだろう?黙っていたがここ数日歩き詰めでとても疲れているんだ」
「とてもそうは見えないけれど」
悲しげに眉根を寄せてみせる彼の表情に対して、息は全く乱れていない、
しっかりと両足で土を踏みしめ、腕はいつでもどっしりと剣の柄に添えられていた。
奥で座り込んで休むハルベットを見れば、細い体にしっかりと黒い影を落とし
癒されるはずの体には不健康な色が浮かぶ、何度も首を振り懸命に一人笑みを浮かべていた。
ちなみにその隣に佇むハヤテはまるで今起きたばかりであるかのように気だるげに腕を組み
開いているのかいないのか、ともかくもつまらなそうな瞳で二人のことを遠目に見ていた。
「疲れてんだよ俺は。
 君と同じく、ね」
「……」
彼が姿勢を正せば顔はスバルより遥か高みへと去っていく。
ゆっくりとスバルが睨み上げれば、しかし臆さずにアツは笑って続けた。
「大体数日前から思ってはいたんだが、お前達旅がアバウトすぎんだよ。
 十二分割して陣を隠すなんて大体どうしてそんな面倒なことするんだよ」
「それはだから……」
「俺が旅に加わったばかりということもあるけれど
 とりあえずは現状把握、そして情報整理が必要だろう?」
スバルが厳しい瞳で見上げてくる。
まるで射すようなその鋭い視線、その軌道を逸らすかのように、アツは笑みを深めた。
糸のように細まった瞳は笑っているのかそうでないのか、もはやスバルには分からない。
「いくばくかの休息を持ちつつ、ね?」
彼は和やかな声で言って見せ、スバルの頭をぽんぽんと叩く。
彼女は鋭い音を立てて舌打ちすると、叩かれた頭をその小さな手で払った。

「お前ってわかりやすいよなー」
夕食後、外でユミレオと頑張って対峙するハルベットを見ながら、ハヤテは小さく呟いた。
机に臥していた顔をのそりと上げると、スバルも同じように窓の外を見やった。
「何が?」
なんでもないとでも言うように言って見せるが、その声は寝起きのように擦れたものになる。
窓の外、ユミレオ達の近くで一人で剣を構えているアツを見つめれば、その視線は知らずと細くなっていた。
「自分の旅に口出されるの嫌だったんだろうが」
「別に?」
溜息混じりにうんざりとした様子でハヤテが言うので、スバルはおどけて即答してみせた。
まさか、そんなことで今まで自分が無口だったと思っているのだろうか。
スバルこそ小さく溜息をつくとベッドに軽く腰掛けた。
結局アツが無理矢理先導するようにしてやってきたのはツイの手前、赤レンガの並ぶ村だった。
思ったよりも規模は大きく、宿を探すのに事欠かないほどの通りは活気に満ちていた。
まだ陽が高いうちに宿に入り、何をするかと思えば一同はテーブルを囲んで談議としゃれこんだわけである。
一方的にアツが質問を繰り返し、うんざりとした様子でスバルが返す。
これまでの旅の様子、陣確保までの道のり、掌空の内情に軽く触れ、終いにはそれぞれの生い立ちにまで手は伸びた。
そこまで来る頃には日は完全に暮れ、問い攻めにあったスバルの機嫌はすこぶる悪くなっていた。
そこからは話に飽いて眠りに入っていたハヤテが引き継ぎ、夕食までさらに二時間話し込む。
まるで尋問を受けるかのようなその細かい問い沙汰にスバルの精神は参ってしまっていたといってよかった。
ただ椅子に座っていただけというのに、一日中歩き通すよりも疲れていた。
「あんな質問攻め、気分が悪くなるというものだよ」
「まあそれは、わからんでもないけど」
「旅に口を出される事ぐらいじゃいちいち怒らないよ」
そんなに自分は狭量に見えるのだろうか、スバルは思って口先を尖らせた。
その拗ねるような様子にハヤテは思わず苦笑い。
軽く笑ってから行儀悪くテーブルに腰掛けた。
「違ったなら謝るって。
 ただ、まあ、俺らの旅はいつもお前が仕切ってるだろう?
 ヒイラギが入ったときは道中短かったからあんま変わらなかったし
 けど」
そこで言葉を切ってハヤテは顔をスバルへと向けた。
椅子を一脚間に挟み、手を伸ばしても決して届かない距離。
しかし珍しく目をきちんと見て彼が話しかけてくるものだから、
スバルは目を逸らすどころかむしろ一種の驚きに駆られるばかりであった。
「アツが入ってからあいつが先頭歩くし、ペース配分もきちんとやってのけるし
 お気に入りのハルベットと親しげな様子だし、……で、旅の進路突然変えるし」
「しかもそれを、うちらの体力も気持ちも、全部。分かったような顔してやってのけるしね」
ようやく口を挟んだスバルは、しかし気に食わなそうに口先を尖らせて言ってみた。
それに僅かに微笑んだハヤテは、目を軽く伏せて指を組んだ。
「だからお前はなんか調子でなくて気に食わなくて
 アツに頭撫でられたりしたから、機嫌が悪くなりだしたかと思ったんだよ」
情けなく苦笑いを浮かべながらにやにやとしてみせるハヤテを、スバルはしばらく見つめた。
少し高めのその声で、笑いながら会話するのは随分と久しぶりな気がした。
「珍しいね、ハヤテがそんなにおしゃべりなのは」
「何、知らなかった?俺は陽気でお喋りな男なんだよ」
なんだか急に余裕ぶって喋りだした様が気に食わなくて、
とりあえず意味もなくスバルは手近な枕を投げつけた。
不安定な体勢もあっただろうが、それはぼすんと音を立てて彼の顔へと命中する。
にっこりと笑ってスバルは立ち上がると、窓辺へと歩き出した。
「で?お嬢様が不機嫌そうな理由はかような感じで正解だったんでしょうかね?」
顔面に張り付いた枕がはらりと落ちるのを両手でキャッチして、ハヤテは目を伏せたまま問いた。
スバルは窓枠に手を添えて、じゃれるユミレオと怯えるハルベットを視界の隅に収めた。
まさか、だれがそんなことで不機嫌になるというものか。
スバルは軽く笑うと、目を細めてそっと後ろを振り返った。
テーブルに腰掛けた彼が意味なく笑みを深めるのを見とめて、
より一層笑みを深めてやった。

「分からない?
 うちはただ、頭を気安くはたいてくれる輩がとことん気に食わないだけだよ」

冷たい夜の空気が流れ、頬を撫ぜ。
ハヤテの顔が、ぎこちなく歪んだ。







まあいつものように。
何がしたかったのってな流れではありますが、こうまでも行き辺りばっかりだと流石に不安にもなります。
アツとスバルの仲は私には到底計り知れないわけですが
とりあえずスバルが描くたびにどんどんと気分屋になっていきます。
ハヤテやアツはそれに振り回されることはあまりないだろうけれど
とりあえずハルベットがストレスで痩せていかないか、心配です。
そして銀水晶の設定ですが、水晶を何色にするかは色々悩みました。実際にあるのかは知りませんが。
とりあえず「幻の銀水晶」が頭をよぎったことは明記しておきます(笑)
次こそアツさんを、もっとちゃんと描きたいものです。
そしてそろそろ陣に合わせてあげたい。
っていうか流石に自分でも話の流れを忘れていて焦りました。
ば、ばんがらねば!!




2005/07/11 Haruco