41 ツイへの道中

「ヒイラギをあげるよ」
強い風が吹き、木の葉がゆらりと舞い落ちる中、アツはきわめて簡潔に言った。
その瞳、表情は悪戯をする子供のようでいて、楽しそうだ。
口の端が持ち上がり、笑みの形になると、はっとしてスバルが声を上げた。
「一緒に行こう……!」
ハヤテが口を開くよりも早く、彼女は立ち上がるとアツに向かって右手を差し伸べていた。
固く交わされる握手を目の前にして、ハヤテは右手で顔を覆うと大きなため息をついたのだった。

とんとん拍子に話は進み、その日のうちに一行は出発することとなった。
あらかじめスー、タイ、ツイの三つを候補に上げていたが、それを絞り込むのはなかなか難儀だった。
アツの持っている情報、町の人々に聞いた噂等をあわせて長いこと話し合ったが
最終的にはどれも怪しくなってしまい、考えあぐねた結果スバルがとった行動は
それぞれの名前を書いた札を用意して、それをユミレオに選ばせるというものだった。
結局選ばれたのはツイ。
スバルの知る西の言語で『橋』を指すこの場所は勢矢の南に位置する大河を中心とした町だった。
勢矢は大陸の東南に位置する國で、東に行くにつれて細くなっている。
その中央には大河が流れ、ちょうど国を二分するような形になっていた。
ツイはその最南、河が海へと出て行くところにかかる最後の橋があるところだった。
城下町からツイへは平野が続き、町も四つある。距離も大してなく、二日も行けば一行は手前の町までついてしまうのだった。
「どうする?今日はこの辺でやすむかい?」
先頭を行くアツが振り返る。
西の空が赤く染まり、日が暮れようかというところだ。
一日中歩き通してなお疲れを見せない彼の表情にハヤテは驚いた。
「えっと……そうだな……休もう」
アツの言葉に受けて振り返ったハヤテは後ろを振り返ってうなづいた。
彼の後ろから暫く距離を開けて歩いているハルベットの表情が苦悶以外の何物でもなかったからだ。
昨日は後ろから荒い息遣いやため息ばかり聞こえてきたというのに、今日はほとんど聞かなかった。
我慢できるようになったのか、慣れたのか。どちらにせよ大したものだと思っていたらば
なんのことはない、距離が開いて聞こえなくなっただけなのだった。
いや、それよりもひどいかも知れない。もはやそんなことをいう気力すらないという様子で、足元はふらつき数歩歩くたびに右足がカクンと揺らいだ。
最後尾をユミレオとともに歩くスバルもその様子にはさすがに心配したようで
しかし声は掛けずに、じっと心配そうに見つめていた。
ハルベットのすぐ後ろを歩かないのも配慮だろう。
後ろからせっつかれる様な焦りはハヤテにも覚えがある。焦燥感は疲労を早め、自身を奮い立たせる気力すら奪うのだった。
アツとハヤテが並んで足を止め、しばらく後ろの二人と一匹を待っていると
あと数十歩というところでハルベットが顔をあげる。
ひたすら下を向いて歩いてきた彼は歩みを止めぬままよたよたと進みながらじっとアツ達をみつめた。
ゆっくりと思考をめぐらすように、その瞳もゆっくりと開く。
まるでゴールを見つけたかのように少しずつしっかりと近づいてくると
最後、ハルベットはハヤテの正面に立って誇らしげに、しかし申し訳なさそうに笑みを浮かべるのだった。
「ごめん……なさい。歩くの、遅くて……」
切れ切れに浮かぶ言葉。
ハヤテは苦笑いすると、右手でぐしゃぐしゃとハルベットの頭をなぜた。
「上出来」
言って視線を送ればスバルも笑っている。
ほんの少し汗がにじんでいるところを見るに、彼女も少しばかり疲れている様子だった。
笑って見やれば自身の頬にもツイと汗が流れる。
振り向いてもう一度見やればアツが声を立てて笑うハルベットを見つめている。
自信があふれるような笑み、息の乱れすら見せないアツは夕日を背負ってじっと皆を見つめていた。

「明日は目的地につくんでしょ?」
暗がりの中、目を開けていれば隣から幼い声がする。
部屋のあかりを消してからどのくらい経っただろうか。
すっかり闇夜に目がなれて、國に残した人々のことをとりあえず考え終えたほどだから短い時間とはいえないだろう。
「……そうだよ」
まるで幼い子供に言い聞かせるかのようにアツは答えた。
窓に向けていた体をもそもそと動かして逆を向けば、暗がりの中、月明かりで目をきらきらと反射させるハルベットがいた。
ベッドを三つ並べた部屋。その中央にハルベットが寝ている形。
彼の肩越しにアツがその向こうを見てみれば、ハヤテが背を向けて掛け布団を深くかぶっていた。
「なんだ、ずっと起きていたのか?」
実家に残した兄弟達にするように、やさしく語尾を上げて語りかける。
すると十以上も離れた年の少年は小さく頷いた。
「なんか……眠れなくて」
「疲れてるんだろう?早く寝ないと明日に響くぞ」
「うん」
少し目を伏せて言えば、少年は再び頷いたが、しかしやはり目は大きく開けたままだった。
眠る気がないのか、とにかくずっとアルの方を見ている。
なんだかその様子は見慣れないものに遭遇した猫のようでいてアツは可笑しくなった。
「なんだ。こっちばっか見て」
「あ……!ごめんなさい」
尋ねてみれば、ハルベットはそっと視線をはずす。
少しだけ布団をかぶって、そしてやはりアツを見定めるようにして、小さく言った。
「そんな綺麗な赤い髪は初めて見たから」
意表を突かれる。
アツはふと頬が緩むのを抑えられなかった。
「俺はお前みたいなきらきらした髪も見たことないがな」
「……!こんな髪、好きじゃない。無駄に明るくて、そのくせ跳ねるし」
「そうなの?」
「ん」
鼻の穴を大きくさせてハルベットは激しく頷いた。
しかしそんな彼の様子にかまうことなく、彼の髪は月明かりできらきらと揺れた。
「貴族の坊ちゃんみたいだもんなぁ。
 ま、たとえこの先迷子になってもその頭で見つけてやるよ」
「やめてくださいよ……もう」
大きな目でにらんでくるが、アツは動じない。
顔の半分も布団に埋めてしまえば、幼さも手伝って十二分に彼は愛らしく見えるのだった。
「お前……スバルちゃんよりも可愛いじゃねえの?実は」
「何言ってんですか」
「いやいやいや、あれもなー可愛くはあると思うけど。
 ただ男らしすぎるんだよ。きゃあの一つもいわないし。
 その分お前の方が守り甲斐あるかも」
「……」
饒舌なまましゃべり続けるが、アツはすぐにハルベットのいぶかしげな瞳に気づいた。
警戒するように少しずつ後ろに下がり、おびえるように何度も後ろを振り返っていた。
しまった、からかいすぎたか。
アツは苦笑いすると一つため息をついた。
「悪かったって。冗談冗談」
「本当……?」
もちろん。
大きく頷いて見せるがハルベットが再び元の距離に戻ってくることはなかった。
アツが布団を肩まで寄せたところで、ハルベットが大きなあくびを一つした。
「ほらほら、もう寝な。明日は早いぞ」
「……またスバさんが部屋に殴りこんでくるんだろうなー」
「そうそう、早起きしねぇとまた着替え中にこっちが叫ぶ羽目になるぞ」
クツクツと笑い声が部屋に響く。
ハルベットは大きく息をつくと、ふと笑みを浮かべてアツを見上げた。
「明日はちゃんとついていくんで、よろしくお願いします」
「今日ので十分上出来だよ」
数日ではあるものの、その旅の行程を思いアツは言う。
一行の中でも抜きん出て旅に不慣れなハルベットは一番歩みが遅かったが
しかし歩きなおす度に前を見据え、歩調を遅くこそすれ、最後までついてこれたのには感心した。
それでも。
ちいさくかぶりを振るハルベット。目を伏せたまま布団に深く潜る。
「おやすみなさい」
まるで溶けるような小さな声。
ハルベットはあくびと一緒に何とかつむぎだすと、しばらくもそもそと動いた後に静かな寝息を立て始めた。
「おやすみ」
ものの数十秒で眠りに入ってしまったハルベットに笑みを送ってアツは笑う。
静かに目を伏せれば睡魔はすぐにやって来て、とろとろとまどろ日にあたるような暖かさで眠りに落ちる。
室内に静寂が満ち、風の音が耳に大きく響く中、ハヤテが一つ、寝返りを打つ。
ハルベットに向けていた背を返せば正面に二人を捕らえることとなる。
ゆっくりと、おおきく瞬きをして、そっと息を吐く。
すぐに目をつむり、最後に残された彼も再び、眠りへ落ちていくのだった。







あっはっは。なんだか長いことかかってしまいました。
自分でも書いていてわけのわからない今回だったわけですが、お話を書くのが久しぶりに思えてなんだかてこずりました。
難しいー。
何が書きたかったって、修学旅行よろしく夜にこそこそおしゃべりする女の子もどきなアツとハトですよ。
それを寝た振り(?)しながらこっそり聞いてたハヤテというのも楽しかったわけですが
アッさんはタフな人です。スタミナだけなら負けなし。
スバルとは相性が悪いんだろうなー。いかにもスタミナがなさそうですし。
この話のヒロインに躍り出るのは、ハルベットさんなんでしょうかね、はは。(笑えないかもしれない)
新年一発目(滝汗)今年もよろしくお願いいたしますー。




2005/02/23 Haruco