39 城下の宿屋にて
「……穏便にすませた方が君達のためだと思うけど?」
その声に一切の緊迫感を背負わぬままアツは呟いた。
スバルのたつ正面の方向から、チキリと小さく金属音が鳴る。
それを聞いてアツがぴくりと眉を動かすとスバルは肩をすくませ小さく笑った。
「うちだって穏便に済ませたいのは山々だけれど
やっぱり陣はきちんと集めなきゃいけないし
間違いなく何か知ってそうだから教えてもらう、それは結構当然の成り行きだと思わない?」
かなり強引に言葉を進めるスバルにアツは小さく目配せを返しただけだった。
ハヤテは何も言わず壁に持たれ、左手をそっと腰に添えていた。
足を肩幅に開き、さりげなくアツの動きに注意を寄せていた。
「ヒイラギの知り合いなんだし……怪我はさせたくない」
アツが呟けばスバルはにっこりと笑みを返した。
腰掛けたアツを数歩はなれたところから見つめながら返す。
「アっさんだって、ヒィのお友達でしょう?怪我はさせたくないよ」
不意に聴こえた変な呼び名に一瞬アツは目を細めたが
気にしないとでもいうようにゆっくりと笑った。
「……なんでも色陣無しでヒイラギを負かすほどだとか」
「大した怪我じゃないけどね、向こう」
殺しあうつもりだったら負けていたと思う、内心小さくスバルは付け足した。
アツは一瞬目を伏せる。
数秒考えるように俯けば、首筋に冷たいものが触れた。
「!」
慌てて目を開ける、何事かと手を触れようとすれば厳しい制止の声が頭上から響いた。
「動かないで、手元が狂う」
静かに呟かれた声はスバルのものだ。
まさか、と乾いた声でアツは呟いた。
「目を伏せている間に喉元に刃をあてられるとは思わなかったよ」
「敵を前にしてあんなに長く目をそらしたのはよくないよ。死んじゃうもの」
言われて小さくアツは笑った。
上目遣いでスバルをみやれば、アツ赤褐色の瞳に朱が光った。
「で?どうするの?」
「陣のことで何か知ってるなら教えて欲しいの。
……教えて?」
語尾を上げるのと同時に首を小さくかしげ尋ねるが、
アツはそれをみて軽く笑った。
「それは無理だよ、俺だって國の仕事でやってるんだ
任務の漏えいなどできるわけがない」
言えばスバルは口を尖らせた。
もちろんスバルとて刃を当てたくらいで口を割るとは思わなかったが
刃を向けている以上、少し困った立場だった。
「……そんなこと言ってると、刺しちゃうよ?」
「できないよ、君には」
言ってアツがニッコリと笑ってくるのでスバルはさらに口を尖らせた。
一瞬和らいだ空気を読んでハヤテは両手を二、三打った。
「はいはい!ぶっそうなもんはしまいなさーい。
恐いことはこれでおしまい!
二人共お仕事でやってんだから、どっちを傷つけてもまずいでしょ?
だからスバルはくないをしまう!」
ぱんぱんと手を打ちながら歩み寄りハヤテはスバルの腕を下げさせた。
そのままくないを取り上げればスバルは小さく声を上げた。
「ちょ!」
「ちょー、じゃないの。おまえ物騒なんだから。
教えてもらおうとするのはいいとして、知からづくってのはよくありませんー
っつか非常識。
社交性に欠けるんだよテメーは」
くないを持つ反対の手で軽くデコピンをすればスバルはそれを見事に食らって後ろへと数歩たたらを踏んだ。
ハヤテはデコピンをした流れで椅子に腰掛けたままのアツの肩を数回叩いた。
「悪かったね、相棒が粗雑なまねをして」
「いや」
笑顔で返される言葉。
小さく頷くとハヤテはゆっくりと瞬きをしてアツの手元を見やった。
「だからその手はいい加減離してもらえると嬉しいんだけど?」
スバルは小さく目を伏せた。
アツは少しだけ目を見開くと自身の左腕に視線を落とした。
だらしなく着崩れた旅服の袖で隠れた手元を動かせば
しっかりとその手は腰に下げた刀の柄を握っていた。
「こりゃ失礼」
軽く咳払いをして再び視線を上げれば
ハヤテは厳しい視線で睨み返してきた。
「……君もいい加減、その手をはずしてもらえると嬉しいんだけどな」
その言葉にハヤテは無言でアツの肩に当てた左手をはずす。
しかしアツは依然としてハヤテを見つめたままだ。
「……ああ、これのことか……」
ハヤテは呟いて右手をみる。
器用に薬指と小指でスバルから取り上げたくないを持ったその手は
連結棒へと添えられていた。
偶然そこへ当てていただけ、というようにハヤテはそこから手をはなし
くないを持ったままひらひらと手を振った。
「あ……」
声を漏らしたのはハルベット。
小さくなってベッドの上で枕を握りしめていた。
全員が彼の方を振り向けば彼はその眩いばかりの金髪の頭を二、三振って叫んだ。
「あんた達心臓に悪すぎだ!!」
「……で?なんでこうなるのかな?」
アツはげんなりとした表情で呟いた。
悔しいから振り向いては言ってやらない。
街の大通りを北へと歩く。
城のあるそこへと歩むその足は心なしか重かった。
「お気になさらず?ただ方向が同じだけですの」
取りすました様子で帰ってくるのは女の声、もちろんスバルだ。
彼らは完全に旅支度を整えた様子だった。
朝早くこっそりと宿をでたはずのアツだったが
気づけばその後ろに彼らはいたのだ。
全く持って不覚。
つけられた事も気に食わなかったが
同じ宿に泊まってしまったことが悔やまれてならなかった。
「ついてくるなよ」
「だから方向が同じだけっつってんじゃん」
つっけんどんと返すのはまたしてもスバル。
アツは小さく溜息をついた。
そして懐に忍ばせた砂の王からの書状を握り締める。
顔を上げればすぐそこに城だ。
そこへ入ってしまえば彼らは追ってはこれないだろう。
これ以上陣調査の邪魔をされては困る
否、陣において自分らよりも多くを知りえては困るのだ。
まずは掌空すら得ていないこの國の陣から把握していくのが打倒だろう。
「ま、それならば仕方ないね」
急に明るく口調を変えて、アツは振り返った。
そう、この勢矢の現王はひどい人見知りで知られている。
外交において難が出るほどで城に部外者一人入るだけで気に留める
人事異動すらままならず、その上ひどく小心者。
先王が威風堂々とした武王としられたため
その差がさらに彼の気を小さくさせるのだろう。
若くして様々な学問に通じ、特に経済学、帝王学に関してはかなりの実力を見せてはいるが
他人を苦手とする性格故か、突然の謁見には決して応じない。
昨日ハルベットから掌空国司の二人の受けた扱いを受けてやはり、と思ったものだ。
しかしアツには砂の王からの書状がある。
これは大きな味方だ。
謁見を賜り、城内に入ってしまえば決して追ってはこれないだろう。
そうすれば彼らに見つからないよう城を出ればいい。
彼の前途は明るかった。
「……アッさん、どうかしたの?」
妙な呼び名すら気にならない。
アツはにっこりと笑みを浮かべると赤い髪を楽しげに揺らし前を向く。
ようやく近づき、門が見えてきた城には白い朝の光が差し込んでいた。
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かけたー!!!
ハトの言うとおり、なんでこんな物騒な連中になっちゃったんだろう(汗)
知らないうちにハトやらアツやらの性格が変わっていたので
昔のを読み直して再び書き直した私はなかなか心中複雑です。
どうしよう、再登場してヒイラギが陽気なキャラになってたら……
つ、次こそ陣の回収に向かわせたいです。
いや、ン、向かわせるぞ!
うん。
(2004/08/09...haruco)