36 グロの街
一行が山を下り街に入ったのは日も暮れかかった頃だった。
西の空に微かに茜を残し、東には群青の空。
空には白く星々が煌き、暖かい空気に夜の風が吹く。
中央に城を据えたこの城下町は勢矢の中で最も大きく、
洗練された美さを誇る都だった。
城下町は高い城壁に囲まれ木でふたをされた窓がいくつもあった。
「なんだ、あれ?」
ハヤテが上を見上げぽつりと呟く。
ハルベットはそれにすぐに気づくと笑って答えた。
「あれは攻めてきた敵に対して矢をうちこむための窓だよ。
今はもう戦争をここは戦争をしていないから不要だろうけれど
20年も遡ればあれのお陰で城下町は守られたようなものだから」
「そういうもんなの?あそこから矢を放ったって必ず当たるわけじゃないだろうし……
接近にはあんまり向かないからな……結構不便だったんじゃないのか?」
「僕に言われたってわからないよ」
ハヤテが嫌味たらしく言ってくるものだからハルベットはうつむき恨みがましく見つめる。
それまで前を行っていたスバルだがその話を聞いていたのだろうか
ふいにふりむくと笑っていった。
「勢矢は弓矢に強いのはもちろんのこと角彫刻でも栄えている國だからね
一流の職人を育てて生産力を高めれば
それを貿易にまわすことで随分と稼げるもの。
実際この國の収益の1/2は彫刻に依存しているとも言われているから……
その貿易相手をこの國の向こう、泰土に向ければ戦いに勝つ術も見えるというわけよ」
自信満々言うスバル。
彼女はそういうと宿屋の連なる路へと入る。
すっかり暗くなってしまった細い路地には橙の明かりが煌々と揺れ、小さくあたりを照らしていた。
「……?どういうこと?
泰土と言えばその名のとおり土の國、石や建設で強い所じゃないか」
ハルベットはスバルの後を追うように少し小走りしながらいぶかしがる。
それを見て今度はハヤテが笑った。
先ほど解説されたことを真似るように
腰に手を当て、鼻高々に言った。
「知らねーの?
あんな、泰土は確かに石とか資材が豊富でその強度もすさまじい。
実際奏海に使われてたのはそこの資材でもあるわけだし。
そんでな。泰海は建設でも強い技術を誇るわけだが
その石を人工的に作る術まで有しているんだ。長年の研究により成分とか調べて」
「まさか」
「本当だって。
まあ確かに天然に強度は劣るがそれでも家を建てたりするには問題ない。
型に素材を流し込んで固めるから自由な形、使いやすい形で作れるしな。
天然物はそれなりに値をはるから良い商売ではあるけれどやっぱり安いほうもあると売れる。
……まあそれはおいておいて。その研究の最中に随分と高度な研究にまでたどり着いたんだ。
それは一つの分野として分かれ、泰土の名物の一つとなっている」
偉そうにハヤテがいうのが少し気に食わないがハルベットは息を呑んで尋ねた。
「何…?」
一瞬の間。
ハヤテは前を行くスバルが曲がった路を同じように曲がり、そして言った。
「薬品研究だよ」
「薬品っていったら……旋夜で有名な?薬のこと?」
「そ。でもまあもちろん旋夜の専売特許って訳じゃない。
やっぱり劣るところはあるが随分と高い技術を有している。
……こと、兵器に用いるものに関しては」
苦笑い。
ハヤテは前を見たまま、視線を揺らさずに続けた。
「例えば小指ほどの分量で蒸発して空気に混ざれば三人はゆうに殺してしまえるもの、とか
……國で禁止されているけれど……精霊種を薬品とを一緒にして人を内部から壊すもの、とか」
「……それを実際に使ったの?」
「さあ、使ったんじゃない?
後者のほうは厳に取り決めがされているから開発どまりで実施にはいたらないと聞いてるけど」
「でも、薬品があるならそれを矢につけて敵の所で発散できればそれは……」
「さぞや強力な武器だろうね。
だから廃棄だ。方法も、薬品も、知識も廃棄」
ハヤテは依然として前を見たまま黙々と歩きつづけている。
暗がりの中歩いていけば少し先でスバルが止まって待っている。
そこは丁度小さな宿屋の前で、彼女はそこに決めたようだった。
その姿を見て、少しだけ空気が柔らかくなる。
会話を終らすようにハヤテは先ほど言葉を切ったが
ハルベットは意を決して尋ねた。
「廃棄って言ったって、それが全て消えるわけないじゃないか。
生まれたものが何も残さず、なかったことになるんて、ないんだよ?」
その言葉にハヤテは振り向かず、少しだけ眉をひそめた。
「当時の…っていっても今も同じだけれど…、泰土の王は賢王だ。
有した技術は大きな力だったがそれを消すことを決意した。
最も……随分と長い会議の末ではあったけれど……
関係資料は全て焼き、私設も焼き、壊し、人員には記憶封鎖の呪をかけた。
造られた薬品は全て廃棄され、諸國にわたったものも徹底的に廃棄された」
「……じゃあ、もう安心なんだ?」
その言葉で、やっとハヤテは振り返った。
そして苦笑い。
「俺に聞くなよ」
ハルベットは安心したようななんとも不思議な気持ちになって駆け出す。
とにかくそら恐ろしい話は嫌いだった。
そのうしろ姿を見てハヤテはゆっくりと後を追い笑う。
ひゅ、と吹いた風につられて上を見れば満月。
少し溜息をついて呟いた。
「それで……すべてが無かったことになるわけではないけど…」
冷たい風が吹いた。
「これが勢矢の地図ね」
夕食を食べ、荷物を簡単にまとめなおしたところでスバルは二人の部屋へとやってきた。
冬にしては随分と暖かい勢矢では山を抜けた今では旅装束を着る必要もないのだろう
スバルは黒い半そでにズボンとなんとも身軽な格好でやってきた。
まあ、その後ろに小熊を連れていたあたり完全に身軽とはいえなかったわけだが。
彼女は二人が着替え中に扉を開け堂々と入ってきた挙句
恥らうことも、謝ることもせずにいい位置にあったハヤテのベッドに地図を広げた。
「今いるのがここ。城下町グロ。
とりあえず陣の場所がどこかわからないからいつものように王様への謁見を賜ろうかと思うんだけどね
まあその前にいつだったかハヤテが言っていたように検討つけようかと思って」
「……」
「何黙ってんの?」
スバルが不機嫌そうに顔を見てきたのでハヤテは大きく溜息をつくと
脱ぎかけのズボンをさっさと脱ぐと近くにあった替えの物にさっさと着替えた。
「お前さ……そういうとこもうちょっとどうにかしたほうがいいと思うけど」
「……何それ」
「僕もそう思うけど」
眉を潜めたスバルに向かってハルベットがもう一声。
しかしスバルは臆することなく言葉の真意を突き止めてから深呼吸した。
そして堂々と言い放つ。
「いいじゃないの、着替えの一つや二つ
うら若き乙女じゃあるまいし。
だいたい見苦しい男の着替えの一つや二つ、常日頃から見慣れて育ってるっつーん」
大きな溜息。
あまりに堂々と言うものだからハヤテはなんだか情けなくなってきた。
「……お前が着替え途中とかに入ってこられたら困るだろう?
っつかそういう時キャーとかいうだろうに」
「状況によるね」
「……」
「まあいいんじゃないの?着替えの一つや二つ。別にんな可愛い性格してるわけないんだしー。
偶然なんだったら許してあげないこともない。
ハヤテこんなこと気にするなんて心せまーい」
その答えに逆になんだか恥ずかしく、情けなくなってきたのはハルベットだ。
彼は小さくうつむくと自分のベッドに座りこんだ。
「で?スバさん何し来たの?」
「ああ、そうそう。
前ハヤテが言ったでしょう?今まで陣あったとこの地名は全部うちの知ってる地方の言葉だって。
だから今度からはちゃんと地図でそういった名前があるかどうか見つけこうと思って!」
「はいはい……で?何?見つかったの?知ってる言葉のついてる地名」
「うーん、まあいくつかはね。どうでもいいのばっか」
スバルは言いながら地図を指差していく。
スー、ツイ、タイ
三箇所指差しながら順順に意味を言っていく。
「あくまでうちの知ってる範囲だけど……
スーが黒、ツイが橋、タイが首」
沈黙。
スバルが指差した場所は山麓、海寄り、密林とどこもたやすくない場所ばかり。
ハヤテは眉をひそめた。
「さっぱりわかんね」
「でしょー?なんか陣とか、それを隠す仕掛けとかと関係ありそうなのって……ねぇ?
黒はまあなんかありそうだけどー、橋ってなんかいかにも臭いし
それに首ってなによってな話なわけで」
二人が首をひねるのを見てハルベットは小さく呟く。
「そりゃ地名の語源でわからないのなんてたくさん有るけどさ
たかだか二文字三文字の地名なわけだし、たまたまスバさんの知ってる言葉とダブったって事はない?」
「まーないこたないだろうけど……可能性があるなら試したいじゃないか
第一、國に1個ずつって以外何も知らないんだぜ?そんな状況で探すんだからこうでもしないと……
時間制限なしにしたって何箇所もしらみつぶしにやるのは避けたいし……」
「しかたないー王様に明日聞いて、それでまあ三箇所であたりっぽいのがあったらそこを重点的にやってみるってことで……どう?」
スバルの言葉にハヤテは頷く。
「それしかないかな、まだ。
もうちょっと確証みたいなヒントになると思ったんだけどなー」
呟く声は三人の溜息と共に夜景にとける。
満月は嘲笑うかのように煌々と照らした。
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うおー久しぶりでなんだか良くわかんない……!(汗)
どうしたものなんでしょうねぇ。
でも本当に、戦争ってのは恐いな、と。
もちろん体験したわけでもなくて、ブラウン管の向こう側、教科書の中にしかみたことがなくて
すごく甘い立場から言っているっていうのは分かるんですが
一度なんだったかな、爆発寸前の爆弾かなんかをぽいと投げてよこされたような夢をみたことがあって
何だそれーって感じですがすごく恐くて
夢なのにすごく恐くてとにかくたまらなくて。
きっとそれは夢ながらに死を感じたからで
それがもっとリアルに、現実にそばにあったら一体どんなに恐ろしいだろうと。
考えただけでもすごく恐くて。
なんか嫌だ、というなんともいいかげんな思いから始まった話。
また描いてくぞー。うおー。
(2004/03/21...haruco)