35 指導
「遅い!ハトもっと早く!」
今日何度目だろうか。
少なくとも数十回は繰り返された言葉にハルベットはうなだれた。
すみません、と小さく呟いてもう一度構えなおす。
言われたとおり、少し低めに腰を構え
相手の攻撃をギリギリまで見ていられるように足の動きに気をつける。
再びスバルが動きだす。
慌てて避ける。
右手の打撃、左足の足払い、勘を頼りに必死によける。
一瞬、スバルから目を離したそのスキ…
ハルベットの頭に振り向きざまのスバルの蹴りが入った。
「わー!ゴメン。
今日はこのぐらいにしておこうね」
スバルは必死に謝ると冷やしたタオルをハルベットの頭においた。
街を出たのは二日前
地図を頼りに近道をしようと二人は山を突っ切りに入った。
ハルベットにしてみれば山道を歩くだけでも精一杯である。
ゴツゴツした岩に足をとられ、ぬかるんだ土に体勢を崩す
文句を言いつつも後ろからゆっくりと歩いてくるハヤテに比べ
ハルベットに色々言ってきたのはスバルの方だった。
遅い、気をつけろ、危ない
絶妙のタイミングで飛んでくる叱咤には二日で完璧に慣れ
足をいためながらもついていけるようになってきた。
毎日同じような距離を歩くと二人は決まって広い場所を探し、魔除けの香炉をたく。
夕陽が沈む数時間前には腰を落ち着け、次にハルベットに護身術を教えに入るのだ。
まずは体術からと簡単な指導をするとすぐに実践に入る。
スバルの動きについていくのがやっとで避けるのもままならなかった。
ハヤテはというとその間ユミレオと火をたいたり、夕食を作ったり。
時々ハルベットは恨みがましくハヤテを見つめた。
「もう大丈夫。
でもなんか全然上手くいかないよ」
「それは動きが遅いから!
もう少し避ける練習をやんないと。
攻撃が来るたびに目をつむってたんじゃ話しになんないよ」
冷たくスバルは言う。
ハルベットは救いを求めるようにハヤテをみた。
「何、その目」
「……」
「しらねえよ。
お前が習うって決めたんだろ?
基礎的な動きを身につけないと棒なんて使えないし〜」
意地悪げにいうとハヤテは笑った。
そしてスバルに視線を移す。
「おい、スバル。
こいつの足、そろそろきてんじゃねえ?見てやれよ」
「え?あ…ああ、そうか。
そうだね、ハト、足。靴脱いで」
「?」
訳もわからず靴を脱がされる。
靴下も全てとるとそこには真っ赤になった足があった。
所々マメやらタコやらできている。
これではさすがに痛い訳だ。
なれない山道を登るとこんなになるものかとハルベットは他人事のように思った。
「あーあ。大丈夫?痛かったでしょ」
久しぶりにかけられる気がする、スバルからの気遣う言葉。
たった二日でこう思わせるスバルの指導の厳しさは妙に体に馴染んでしまっていた。
「ああ、うん。大丈夫。
いや、大丈夫じゃないや、痛い。
結構…右足とか…」
「あー…確かにひどいや…」
スバルはハルベットの足をひっくり返し腫れ上がり、痛々しくなった姿をそっと撫でた。
「ごめんね。もっとはやく気づけば良かった…」
「いや、スバルさんのせいじゃ…
もっと歩きなれときゃよかった」
「そのスバルさんってのやめてよ〜なんか気恥ずかしい」
「ガラじゃねえしな〜」
ハヤテが木の根に腰をおろしケラケラと笑う。
スバルは手元にあった棒を投げつけた。
「うるさいな。
いいよ、もっと気軽で」
「じゃあ…スバ…さん」
「……まあいいでしょう。
っていうとハヤテはハヤさんになるわけだ」
くつくつと漏れる笑み。
ハヤテは眉を寄せるとそっぽを向いた。
「まあいいや。
治療しようね…確か治精液があったはずなんだけど…」
「ち…せ…いえき?」
「うん。
薬草の消毒成分をある程度精製したものを治癒の陣のもと月にさらして風に治めたもの。
簡単に作れるからね。旅の途中で薬草とか見つけて道具屋さんや薬屋に持ってってもやってくれるし。
これを塗っておくと…なんていうの?まあ簡単に言うとばい菌とかを無くして自身の治癒能力を高めてくれるわけよ」
そう言ってスバルは鞄をあさり、中から液体の入った小瓶をとりだした。
赤い蓋に白いラベル。
中には透明な液体が入っている。
ほんの少しだけ重たげに揺れる液体は少しだけ艶やかに光った。
「ハヤテ…この針、ちょっと熱して」
ソーイングセットから長めの針を一本取りだしハヤテに渡す。
焚き火で数秒あぶってからハヤテはスバルへと手渡した。
「何?」
「マメ。つぶさないと。
さめないうちにやらないとね」
そういってスバルは腫れた足へ針を近づける。
ハルベットの顔に恐怖が浮かび、暗くなった森に絶叫がこだました。
「なにもあんなに叫ぶことないのに」
痛む耳を押さえながらスバルはハヤテからふんだくった包帯をハルベットの足へとまきつけた。
少しごつごつした足になったが明日の朝には少しましになるだろう。
「だってスバさん容赦無いから…」
「容赦したってしょうがないじゃないのさ。
まあいいや。
しかたないから今日は勉強はお休み。
久しぶりに楽しい夕食といきましょう」
にっこりとスバルは笑った。
夜ごはんということで焚き火で干し肉をあぶる。
そろそろだめになりそうな食材を処理しようということで少しだけ多めの夕食。
あぶったパンに干した肉を乗せ、塩を振り掛ける。
昨日川でとってはらわたを抜き、塩をすり込んだ魚もやいて
近くに生えていた芋や葉を適当に煮こんだスープもどき。
とても美味しい、とまではいかないものの下手な料理屋よりは随分ましな料理だった。
「美味しい」
予想していたのよりも数段美味しい旅の料理に、いつも通りハルベットは声をもらした。
いっしょに旅をはじめて一週間立つだろうか。
焼いたりといった点では同じだがほとんど同じ夕食を食べていない。
次の街まで近いこともあってか大して節約しない日々なせいもあったが
それ以上に二人は器用だった。なれた手つきで肉をさばき、必要なら魚や肉を補給し、草を見分ける。
もっとも薬草の見分けや肉の切り分け、果実の選別などはもっぱらスバルの役割だったが
それとおなじぐらいハヤテも働いた。
ハルベットといえば水を汲み、指示の通り煮こみ、焼く。
大して戦力にもならぬ自分がいてもいいかと疑問に思うことは多かったが
そんな悩みを忘れるほどどの飯も美味かった。
「そういえばどうして二人は旅をしてるの?」
「掌空の国司なの。
各國にある陣を集めるのがお役目。
今は元からある掌空のと泰海の、あと歓砂ので三つ集まってるんだけどね
次はこの國の。
どこにあるかまだ検討つかないからまずはお城に行って情報が無いか聞いてみようかと思ってるの」
スバルはパンをひとかじりしてからそう言った。
「へぇ〜
その前は?何をしてたの?」
「うちはお芝居…っていうのかな?まあ見世物。
そういえば…ハヤテは?」
ハヤテの事は特に聞いた事が無い。
たずねると相変わらずもくもくと食べる手を少しとめ、ハヤテはこちらをみた。
「あ?」
「何してたの?旅するまで」
「ああ…」
そういって飲み込む。
「別に?
普通だよ。
学校通って、卒業してからは道場に通いながら羊番の仕事して、後は親父の手伝いとか家事とか…
まあコノエ…妹がほとんどやってたか、家事は。
今言ったので大体の時間がすぎたかな」
「ふ〜ん。
妹さんいるんだ。
いくつ?」
「いくつだったかな…お前よりちょっと上ぐらいじゃねえ?」
あやふやに言うところがいかにもハヤテらしい。
スバルは小さく笑った。
「スバさんは?」
くるりと振り返ってハルベットはたずねる。
焚き火の光でまぶしく見えた。
「え?」
「兄弟とか…いるの?」
「ああ…兄弟ね」
少しとぼけた顔をする。
それからすぐに切り替えした。
「ハトは?」
「僕?一人。
お店の叔父さんが育ててくれたんだけどね、その人の娘さんがいたからお姉さんみたいなものだったかな。
ちょっと前に結婚して家をでてったけど」
懐かしむようにハルベットは目を細める。
少しだけ幸せそうな顔をみてスバルは笑った。
「そういえばさ」
言ったのは全て食事を平らげたハヤテ。
「最近魔獣に遭わないよな」
そう。確かにあっていない。
ユミレオと初めて会ったときのと歓砂の。
それ以外にも数匹あったことはあったが、この國で旅をはじめてからは無かった。
「ああ…確かこの國はすごく安全みたいで。
新聞で読んだんだけどね、すごく裕福な國で駆除にすごいお金をかけたみたい。
確か数年前に実施したと思うけど…元から少ないって言うのもあったけどおの一斉駆除が効いて
他国…泰海とかに比べても1/5ぐらいにはなるって」
少し得意げにハルベットは言う。
泰海とて魔獣の数はそんなに多くない。
対魔獣隊を小隊規模ではじめて組織して久しい泰海は国境を守る重厚な壁と共に徹底した守りを誇り
魔獣に対しては的確な対応で知られていた。
町々でみることが少ない時点で十分優れた國だというのに、その1/5とはほとんど見ないに等しい。
ちなみ掌空は泰海の恩恵に預かるようにして魔獣の侵入をある程度阻止しているとはいえ
森などに入るとやはり夜は魔獣で危険な土地だった。
「そりゃすごい…」
勢矢といえば昔は武力勝った勢矢だが近年それも衰えている。
そんな國がとれる手段といったら幻光石によるものだろう。
幻光石を砕いたものを洸紛というがそれを魔除けの呪の上、香にあてる。
それを國中に散布するしか方法は無かった。
しかも効果は長くて2年。國中、少なくとも国境沿いと森に散布するだけでも相当の量の洸紛がいる。
それだけを集めるのには莫大な資金がかかる。
「洸紛散布って線だと思うよ」
「マジで!?どんだけ金かかんだよ」
ハヤテが大声を上げる横でハルベットが軽く計算する。
やがて提示した額は見たことのない桁になっていた。
「なんだよ…一回の散布でこれか!?王城が買えるぞ…これ」
莫大な額。
みな驚くほかに無くカラ笑いが響いた。
「凄いとは思ってたけど…これほどとはね…
でも國庫や財だって無尽蔵じゃないんだし…経費を考慮してみて、底が見えたときにどうなるかだね。
多分、そう遠くない」
もってあと2、3回といったところだろう。
國庫など三人には想像もできない額だろうが漠然と考える事ぐらいはできた。
「はぁ…」
たしかに洸紛散布は金こそ掛かるが安易で手っ取り早い。
しかしあまりに先を見ない方策に國の危うさが見えた。
数日中にはつくであろう國の中枢に
三人は不安を覚えた。
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結局何が描きたいのかわからなくなっちゃった35話。
う〜ん?
っていうかこんな修行でハトは強くなるのか?
まあうん、でも頑張ってるみたいです。
マメはあぶった針で早めにつぶして水抜いとけっていうけど本当?
でもなんかちょっと痛いのよね。
それに勢矢は危うい國のようです。
妙に細かく書きたくなっちゃうのは十二国記を読みなおした直後だからでしょう。
國の事とかちょっと楽しい…!フフフー!
ハヤテの立場が不安定になってきた…難しい!でも頑張ります。
(2003/11/03...haruco)