34 少年再び
季節は晩秋。
今ごろ掌空では穀物の刈り取りも終り羊の飼育を小屋へ移すところではないだろうか。
しかし南側に位置する勢矢は決して寒いというほどではなく
適度な湿度に気温、まあ旅装束を着ていれば何不自由ない気候だった。
降り立った港町は勢矢の東の玄関口、コトンだった。
美しい海は瑠璃色を果てに望ませ、白いきらめきが日でちらつく。
海風はやや強めだが本日の天候はほぼ快晴。
鮮やかな空色と真っ白な白が気持ち良かった。
「また乗ってくれよ」
数日の間にすっかり打ち解けた渡し舟の船員達は名残惜しそうに、しかし爽やかに手を振り二人を見送った。
上陸したのは調度昼。
朝食を済ませて随分時間の経っていた二人はまず昼食を取ることに決まった。
「しっかし…」
人ごみの中、妙に開いた自分の周りの空間を眉を引きつらせて見渡す。
「やっぱしこいつが一緒じゃあいれてもらえないかもな、店」
この時ばかりはさすがに嫌味全開ではなく、すこし遠慮気味にユミレオを見つめる。
ユミレオは少しばかり申し訳無さそうに耳を下げてからスバルの足元へすりよった。
「う〜ん。
まあ大丈夫だよ!裏庭にでもつながせてもらえば大丈夫でしょ」
実際まあスバルの言葉はほぼそのまま可能となった。
数軒の店を渡り歩くうちに噂を聞きつけたらしい少年が二人をほぼ無理やり一軒の飲食店へひきずりこんだのだ。
ハヤテより少し幼いその少年の髪は金、白いシャツに汚れたズボン、しかし妙な気品のあるその顔には人懐こい笑みが浮かんでいた。
「本当に熊なんだ!めっずらしい!」
少年は心底楽しそうに言う。
二人はまだ状況についていけず、しかも足元にユミレオを座らせたまま席についていたのだが
店から苦情が来ることはなかった。
「お兄さん達船で昼に来た人でしょ?
もうすごい噂でさ、変な動物連れてるって!
たまたまお世話になってるんだけどね?この店に。
おじさんが見たいっていうから連れてきたの。…迷惑じゃ、ないよね?」
勢いよく少年は喋ると最後に心配そうに二人を見つめ上げた。
「もちろん!ありがとう!!
あ、でもおじさん。本当にいいんですか?」
スバルがたずねると店の奥で料理をしていた男は振り向いてにかっと豪快に笑った。
「いいさいいさ。
それにしても大人しい熊だねぇ、はじめて見るけど獰猛ってきいたよ?」
「ふふ。この子は大丈夫。
まだ幼いしね。
あ!おじさーん!この幻の赤ソーススパ頂戴」
「あ、俺は白沼鳥ドリア」
見たこともないようなメニューの並ぶ中二人は各々注文する。
昼とは言えあまり客も来ず、大した視線もあびず、二人は落ち着いて昼食をとっていた。
すぐに運ばれてきたパスタは野菜や海産物を含んだ酸味のあるソースが絡めてあり
香ばしい匂いがたちこめる。
満足げに食べていたスバルだがそのうちにその手をとめた。
「あの…何?」
二人を連れてきてからずっと頬杖をついた少年を見つめる。
少年はまっすぐにずっと、スバルを見ていた。
「あ、ごめん…見たことあるなぁ、って思ったから」
「そう…?
ハヤテぇ、この子とあったことあるっけぇ?」
スバルの問いにハヤテは少し顔をあげて「知らね」と応えた。
再び蒸し焼きにされた白沼鳥と米を塩を効かせて調理したドリアに顔を向ける。
一心不乱に食べるハヤテを見てスバルは苦笑いした。
旅をして数ヶ月、気づいた癖がこれだ。
お腹が減ると食べ終わるまでとりあえず一心不乱に食べる。
その間満足に会話もなく、特にこういった飲食店のような満足に腹いっぱい食べられる場所だとしきりに食べる。
野宿で釣った魚を食べるときはさすがにもっと喋るのだが
今この状態で、しきりに食べるハヤテは浮いていた。
「……お姉さん…マントもってる?」
「え?ああ…うん」
食事をいったん中止し鞄を漁る。
危険も大してなく、暑い気候だったためしまっておいたのだ。
やがて探り当てたマントは少し汚れたりしていたが買ったときのまま、丈夫でしなやかだった。
「……やっぱりー!」
広げた瞬間叫ぶ少年。
嬉しくてたまらないというように思わずスバルに抱きついた。
「んあ?!」
少年は椅子に腰掛けたままのスバルの頭を楽しそうに何回も叩き、なでる。
スバルよりは少し年下なようだが少年の背はスバルよりも高かった。
「あ、ちょっ…え?ちょっとハヤテー!」
困ったように視線を傾け手を伸ばすがハヤテは食べつづけたまま。
一瞬ちらりと目をむけたが静かに親指を立て、頑張れと目で言った。
「アホ!
ちょっとー離れてよー」
ゆるい抗議に少年は離れる。
「いきなり抱きつかないでよ。
っつか誰?」
「ああ、まあ憶えてないね。
言って分かるかわかんないけど泰海・ジリーナの道具屋の店番だよ。
僕んとこで子供用マントかったでしょ?」
「ぶっ…!」
吹出す音。
きたなーい、とスバルが抗議するのも聞かずハヤテは口を拭うと楽しそうに笑った。
「分かる分かる!子供用マントねー!」
楽しそうなハヤテ。
少年とすっかり馴染んだようで頬を膨らませたスバルを尻目に会話を進めた。
「なんでこんなとこいんだよ」
「あぁ、この間誕生日を迎えてね
それを機に旅にでたってわけ」
「よっく許したなー、親」
「まあね」
自慢げに少年はふんぞりかえる。
腰に手をあて声をはりあげた。
「あの店の売上げの4割は僕の実力のたまものだといっても過言ではないからね!
随分引きとめられたけどまあ親父さんも理解のない人ではないし
親父さんも若い頃同じ年に旅に出たんだ。
だから止められなかったよ」
「ほぉ。
で?今は何をしてんだ?
当てのない旅ってやつ?何、青春?」
「え?まあ知り合いの店を回ってココまで船とかで来たけど…
今のじゃ旅人っていうよりかは観光客だねぇ
目標とか欲しいけどまだないし。
とりあえず魔獣にあっても大丈夫なくらいの強さは欲しいかな」
「ああ…お前戦えんの?」
少年は下を向いて首を振る。
何処にもっていたのやら1冊の冊子を目の前にひろげた。
そこには格闘から色陣までありとあらゆる護身法が書いてあったが丁寧にバツがつけられたものが多かった。
「今までは馬車とか使ってきたけどさすがにお金もそんなにないしね。
色々試してはいるんだよ…でも道具にお金が掛かるのは無理だし
弟子入りすると時間かかるし。
今じゃなきゃだめなんだよ、旅は」
そういうもんかね、ハヤテは小さく言った。
それを聞いて少年は苦笑いしてテーブルに手をつく。
「時期だよ。
これを誤ったら商売も旅も、満足に出来るもんじゃない。
流れや、直感。そういったものを便りに見極めるんだ。
僕は今旅ができる。
お金はそんなにない。
でも今動けば何か見つかる気がするんだ。
だから旅をするんだよ」
大人びた口調で落ち着いたように言う。
それを聞いてスバルは笑った。
「そうだね。それって大事だと思うよ。
あたしも、ハヤテも今が時期だもの。
奇跡にもにた絶妙のタイミングってなかなかないよ。
縁だね。
一緒にいこうよ」
「はぁ!?」
大きな声を出したのはハヤテ。
食べかけのドリアをこぼしそうになりつつも大きくテーブルに手をついた。
「馬鹿言うな!
国司だろ、俺たち。
ヒイラギはともかく、んな足でまといにしかなんねぇ奴つれて山とか突っ切れるわけねぇだろ
第一こいつは俺たちと同じ道いく必要はねえんだし、自由を狭めてどうすんだよ、阿呆。
お前は変なとこで強引なん…」
「僕、行く!」
「はぁ!?」
ハヤテの声をさえぎって言った少年にまたしても大声をあげた。
信じられないというように二人を交互に見る。
しかし二人はとうに納得したようで勝手に話を進めた。
「いいよ、まあ守ってはあげる。
ただ死んでも怪我しても絶対にうちらの責任ではないから、それだけは覚悟して。
あと護身術は絶対に必要だからハヤテに習うと良いよ」
「何勝手に話進めてんだよ、っつか俺教えたくねぇし」
「棒術ならものによってはそんなに高くないし最初はうちがつくってもいいよ、そのぐらいなら」
「しらねぇぞ死んでも。
…ったく…いいか?
金は出せ、教えを守れ、襲われたら隠れろ、そして逃げろ、『ついてくるな』っつったら二度とついてくんな」
睨みを効かせたハヤテに少年は静かに頷いた。
「まあハヤテもすごく強いかといわれたら微妙だけどねー。
ヒィがいればヒィの方がいいんだけどー」
ケラケラと笑ってスバルは言う。
ハヤテは勢いに任せてスバルの頭を軽く叩く。
しかし絶妙のタイミングでかわすスバル、手は空を切り空しく落ちる。
「ふふーん」
「なんだよ。
『阿呆みたいにお強いスバルさん』に教わればいいんじゃないですかー?」
「やだよ、面倒くさいもん」
「…」
「まあ簡単な体術ならね、いいよ」
少年は胸をはずませ嬉しそうに笑う。
二人に何度も何度も頭をさげた。
「本当にありがとう!
やっと本当に旅ができるよー…!」
「ん、よかった。
まあ良いマント売ってくれた御礼もあるし。
商人知識を貸して頂戴ね。
うちらは掌空の国司、各國にある陣を集めて回ってるの」
「陣?」
「あー、なんていうの?
魔法の模様みたいなもの。隠されてるんだって」
「へえ…」
「……ったく。
俺はハヤテ、こっちはスバル。
この毛玉は狂暴な肉食獣…って…!」
音もなくスバルの手刀がハヤテの腹にめりこんでいた。
なにごともないようににっこりと笑いかける。
「ユミレオだよ。
君は?」
「ハルベット・クリストファー」
「長いね」
「ハットとか言われるよ」
「じゃあハット。
よろしくねぇ」
差し出した小さな手を
同じくらい小さな手が握り返し
そこに意地悪い手が手刀をだすのはその数秒後
..............................................................................................................................
でけたー!
書けましたよ!
えっと…34話?
いつぞや出てきたハルベット・クリストファーがでてきました。
ハルでもよかったんですが…ねぇ?(何)
そのうちハットとか呼ぶのめんどくなってハトとか言われるんでしょうね。
フフフ〜
彼は好きです。
妙に大人びてますが(子供が書けない)中学生あたりかしら…弱いです。激弱。
でも特訓で強く…なるのかしらね。
彼の旅に対する悩みは少し私とかぶるところがある。
できるだけ、今。進みたいけれど。
一体どうしたらとういう思い。
私はまだ彼のように誰かに出会うことも決めることもしてないけれど
あとで振りかえって後悔なんかしたくないです。
だから、もう少し、頑張ろう。
(2003/09/19....haruco)